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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集7
301/433

物語を送ろう~ガルムの所へ 4~

 次に見舞いに行った時、ガルムは思い切って姉に訊ねた。

「俺達の『両親』って、どんな人だったの?」

 アンはベッドの上に膝を立てて座ったまま、しばらく黙っていたが、「うん……」と呟いて目を伏せ、「知りたい?」と、聞き返してきた。

 ガルムは緊張しすぎないように深く息を吸い込んでから、「知りたい」と答えた。


 アンにとっても、両親の印象は三歳までの記憶しかない。しかし、アンは二歳の時点からの両親の様子をよく覚えていた。

「魔力を使わない躾を、だいぶ入念に教えられた。時々、手を上げられるくらいに」と、アンは自嘲する。「私達の両親は、みんな等しく力を持たない事を、美徳にする人達だったんだ」

 幼児用のパズルで遊んでいて、バラバラにした後のピースを魔力で組み立てようとしたら、少し痛いくらいの力で頬を叩かれる。

 水を入れたコップを持っていて転んでしまった時、服や床を濡らした水を、時戻しでコップに戻したら、頭頂部をゴツンッと叩かれる。

 何故叩くのかと疑問を投げると、「お前を良い子にするためだ」と言い聞かせられる。


 思ったようにしようとすると、母親からも父親からも叩かれる事が多かったので、アンは段々両親を避けるようになった。

 母親は、娘が子供らしく懐かないと嘆いて、公的機関に相談した事もあったようだ。

 叩いたり怒鳴ったりしてくる人に、子供は懐かないと教えられたらしく、相談に行った後の母親は、「もう怒らないよ」と、口約束をした。

 しかし、その約束は守られることはなかった。

 アンが魔力的な現象を起こすと、母親は「やめなさい!」と、ヒステリックに怒鳴りつけた。

 それから、まるで娘が恥ずかしい事でもしていたかのように、他人から見える場所から引っ立てて、物陰や家の中で、顔を平手で殴り、「そんな事をしてると、人間じゃなくなる!」と脅した。

 アンはその話をした後、こう付け加えた。

「魔力は、『流転の泉』から送られてくる、血に穢れた力だって言う教えを、『両親』は信仰してたみたい。人間の体から追い出さなきゃならない力だって」


「そんな人達から聞いた事を、なんで、ずっと憶えてたの?」と、ガルムは訊ねた。「あの、おとぎ話とか……」

「なんでだろう」と、アンは普段に無くぼんやりした様子で呟く。「たぶん、私も、その情報は必要な事だって分かってたのかも。実際に、本物を見た時に、『あれが流転の泉だ』って分かったし」

 そう言ってから、アンは数回瞬きをして、弟のほうに視線を向けた。

「たぶん、ガルム君も、いつか見る事になると思う」

「流転の泉を?」

 そうガルムが聞くと、アンは目元と口を笑ませて、首を傾げた。

「そう。もしかしたら、もう見てるかもしれないよ? 覚えてないだけでね」

「なんか、怖い話みたいな言い方」

「うん。あれは……」と言って、アンはまた視線を逸らした。「怖くないわけない力だからね」と言いながら。


 ガルムは、「無償の愛情を注いでくれる親」と言うものは、自分達には居なかったのだと納得した。

 殴ってくる相手が、血縁か他人かの違いだけか。ねーちゃんも苦労したんだな。

 そう思って、ガルムはちょっと声を出して笑った。

「何か面白かった?」と、アンは自嘲を浮かべたまま聞いてくる。

「いや、俺、結構……勘違いしてたんだなってね」と、ガルムは返した。「なんかさ、眠る時とかに、優しく物語を聞かせてくれる母親って言うのを想像してたんだ」

「うーん。確かに、それは違うなぁ」と、アンも唸る。「眠る前の怖いお説教って感じだった。じゃなきゃ、女の子の首をスパスパ刎ねるって言う話を、三歳児に聞かせると思う?」

「それは……。まともな親だったら聞かせないと思う」

 弟の返事を聞いて、アンも声を立てずにフフッと笑う。

 それからまた首を傾げてこう告げた。

「少し彼等を弁護するならね、自分達の血に流れている穢れを隠すことに、必死だったんだと思う。私達の髪の色と瞳の色で分かると思うけど、人種の混血を許してしまうと遺伝されない特徴でしょ?

 そう言う、血統主義って言うか……純血である事を守った結果、魔力を濃縮する事になったんだ。でも、『両親』にとっては、その魔力が一番血統から排除したかったものだったんだろうね」

 そう語る姉の視線は、ぼんやりとしている。

 バリバリ働いていた頃のしっかりした目つきや、他人の前になると癖のように表れた、緊張気味ともとれるきょろきょろした目つきはしない。

 心が落ち着いていると言う事だろうか、とガルムは考えた。

 アンの意識の中に新しく出来た「町」の存在を知らないが故に。


 ハウンドエッジ基地に帰る途中、ガルムは包丁で何かを刻みたい気分になった。早い時間に見舞いに行ったので、貸し出し用の厨房はまだ開いているだろう。

 ホールトマトの缶詰と、セロリと玉ねぎと人参とブロッコリーとベーコンを買って帰った。調味料の類はまだあるはずだ。

 貸し出し厨房の番人、マダム・オズワルドは、ガルムの表情を見て「あら?」と声をかけてきた。「なんだかさっぱりした顔してるわね」

「色んなわだかまりが、解消されつつあるんです」と、ガルムは答えた。

「それは、お姉さんがお元気で暮らしていらっしゃるって言う事かしら?」と、マダムは囁く。

「まぁ、そんなもんです」と答えてから、「これから、ミネストローネスープを作ります。何時ものようにお願いします」と申し出た。

「あらあら。私なんかの味見で判断して良いの?」と、マダム。

「それはどう言う……」

 意味ですか? と聞こうとしたら、マダムが指差した厨房の奥に置かれた椅子に、アヤメが座っていた。

「やぁ、久しぶり」と、片手を上げて声をかけてくる。

「あ。ああ、はい……。お久しぶりです」と、ガルムは返して、「アヤメさん、トマトのスープ、食べます?」と聞いた。

「そのつもりで此処に来た」と、アヤメは答えた。

 その後、野菜とベーコンを切り刻むと言うストレス解消を経て、ガルムはマダムとアヤメにじっくり煮込んだミネストローネスープを振舞った。

 マダムは何時もの詩のような感想を述べ、アヤメは頷きながらぺろりとスープを完食した。

 ガルムも、自分で作った真っ赤なスープを食べながら、「面倒くさい事は、全部煮込んで食べてしまえ」と、頭の中で自分に暗示をかけた。

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