物語を送ろう~ガルムの所へ 3~
ガルムは内密の話だと前置きしてから、ノックスとコナーズに、自分が十一歳まで孤児院で育ったことを打ち明けた。
「なーんだ」と言って、コナーズは隣の床に座っているガルムの背中を、ドスッと拳で叩いた。「それが、暗い顔して話す事かよ。ありがちありがち」
「そんなもんかな……」と、ガルムは不服気に、痛い目を見た背中をさする。
「軍に入るまで養護施設に居たやつとかも、ざらにいるぞ。体が丈夫で『軍人として使える』なら、過去の経歴なんて何でも良いんだよ」と、コナーズ。
「それでもって、お前は十一歳の時点から、アンねーちゃんとの出会いに繋がるんだろ?」と、ノックスはテーブルの椅子に掛け、仏頂面で言う。
「良いよなー。俺も十一の頃にイケてるねーちゃんに拾ってもらいたかったよ。フィエルさんよ。この少年、親から聞かされた話を知ってるって言って、ねーちゃんに嫉妬してたんだぜ」
「嫉妬ってなんだよ?」と、コナーズとガルムは同時に、同じセリフを違うイントネーションで言う。
コナーズは純粋な疑問形、ガルムは抗議の声だった。
コナーズはノックスのほうからガルムのほうに視線を移し、「ん?」と聞いてくる。
ガルムは少し口先を尖らせながら視線をそらし、「嫉妬なんてしてない」と投げやりに述べる。
ノックスは、目をしかめて口を笑わせ、「へっ!」と、声を出して嘲笑う。
「アンねーちゃんが『俺の知らないママァの記憶を持ってる』って言って、俺が笑かしてやるまで、泣きそうな顔してたの。俺が汚れ役をやってあげたのも、そのためなんだぜ?」
「汚れ役?」と、ガルム。
「脇腹マッサージ。笑ったら緊張ほぐれただろ?」と、ノックス。
「俺はそんなこと頼んでない」と、ガルムが言い返すと、「頼まれなくても、泣きべそ君と同じ部屋に居たくないもん」と、ノックスも言い返す。
コナーズは喋ってる方の人物を視線で追いながら、こう言った。
「やっぱ、お前ら出来てない?」
「何がだよ?!」と、ガルムは怒鳴った。彼はこの手のからかいを徹底的に嫌う。
元々女顔で身長が低い彼は、確かに「その気のある人物」から、時々さりげないアプローチを受けるからだ。
そのアプローチを退けるためにも、徹底的に体を鍛えぬいている。
軍服の上から見ると細身だが、脱ぐとビシッとした筋肉が筋張っているし、「痴漢」をしてくる奴には、眼窩に拳を叩き込んだり、耳の穴に親指をぶっ刺すと言う攻撃を仕掛ける。
そんな凶暴さを見せて、ようやく痴漢の頻度が下がる程度である。そう言ったわけで、自分の周りに「その気の話」を置きたくないのだ。
勿論、同じ隊で働いているノックスもコナーズも、その事は知っている。彼等は分かっていて、敢えて逆鱗を刺激しているのである。
人が変わったように怒る様が面白いと言う理由で。
「まぁ、そう怒るな」と、コナーズ。「じゃぁさ、アンねーちゃんが、親から聞いた昔話を知ってることに対して、なんで反感があるんだ?」
ガルムは怒った顔のまま、口ごもる。それから考えこむ顔に成り、こめかみ辺りの髪の毛をガリガリ搔いた。まだ十九の彼には、自分の中のモヤモヤを言語化するのは非常に難しい。
「反感って言うか……。自分が知らない人から聞いた話をされても、俺が直接聞いたわけじゃないからとか……そう言う……」
ぼそぼそと反論しようとすると、ノックスはもう一度「へっ!」と笑って、「結局嫉妬じゃん」と言う。「僕はママァなんて、知らないんだも~ん。ねーちゃんばっかりずる~いって事だろ?」
コナーズもノックスの意見を聞いて頷いている。
「そんなんじゃねぇよ」と、ガルムの口調が荒くなると、「まぁまぁまぁまぁ」と、宥めてから「嫉妬じゃ無かったら、何?」と、コナーズは突っ込む。
ガルムは、やはり答えられない。質問される度にイライラだけが頭に蓄積する。
「知るか!」と怒鳴って、靴を脱ぎ散らかすと、着替えもしないで二段ベッドの上段に上がり、布団にくるまった。
「あ。逃げた」と、ノックスは嫌味を投げる。
「お布団は、傷ついた心を裏切らないんだろ」と笑みを含んだ声で言って、コナーズは座っていた床から立ちあがる。「明日は通常勤務だからな。二人とも、じゃれてないでしっかり眠れよ」
「イエッサー」と、ノックスは暢気に伸びをしながら、先輩に返事をした。
やがて、部屋着に着替えたノックスは、黙って部屋の明かりを消した。何も言わずに二段ベッドの下段に潜り込み、十五分後には「かー」と喉を鳴らし始めた。
先に布団にくるまっていたガルムであるが、暗闇の中で冷静に成ってみると、自分が姉に対して抱いていたモヤモヤは、言われてみれば「嫉妬」かも知れないと結論付けられた。
僕はママァなんて知らないんだも~ん。ねーちゃんばっかりずる~い。
ノックスの発した言葉を部分的に思い出してみると、納得は行かなくても、そんな気分だったのかも知れないと思えた。
だが、姉はその「自分を育ててくれると信じていた両親」から捨てられると言うか、家の中に隔離されて、それとなく殺されそうになった記憶も持っているのだ。
アンからしたら、生れた時点で孤児院に入所させると言う、「理性的な判断」をしてもらえたガルムのほうが、幸せに見えているかも知れない。
無い物ねだりなんだろうな、とガルムは思った。
自分の両親がどのような人物だったかを知らないから、両親の記憶を持つアンが「愛されて居たのだ」と思ってしまっていた。
そこで、ガルムは不思議に思った。
自分を殺そうとした人から聞いた話を、なんで俺に教えたんだろう。
最初に、其処に気付くべきだったのかもしれない。ガルムは暗闇の中で目を開けて、目の下の頬に触れた。
そして気づいた。カラーコンタクトレンズをしたまま眠る所だったと。




