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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集7
296/433

真夏の夜の怖い夢~マナムの所へ 3~

 その日のうちに、町を離れて、広さが得られるだいぶ田舎の土地まで移動しました。

 隔離の結界の中にマナムを座らせ、その外側に貼った守護の結界の中で、イズモとベスは、来るであろう「その者達」を待っていました。

 イズモは神主の服装の上に、術師の着る上着を羽織り、榊の枝ではなく、異国の僧が使う錫杖を持っていました。杖の柄に付いている輪に、青白い炎が燈っています。

 ベスは、革で出来たズボンとブーツを履いて、スカートのように裾が長く広がっている革のジャケットを着ていました。魔術師が着るための特注のものです。

 西側の空から差していた、仄暗い光がどんどん減退して行きます。残照も消えてしまう時刻に成りました。

 ザリザリと、砂を搔くような音を立てて、何かが這い寄ってきます。

「イズモ」と、ベスが呼びました。「二つ」と。

「居るな。地面と、空に」と、イズモも応じます。「ベス。君はマナムを守れ」

「イズモ」と、ベスは首を横に振ります。「駄目。一人、は」

 ベスは結界を透かしてマナムの頭を撫で、「マナム。上へ。両手、を」と指示を出しました。

 マナムは、正座をしていた膝から手を離して、両手を上に向けました。

 ベスは片手の中で魔力を凝縮し、一束の縄の形に結晶化すると、マナムの両手にそれを置き、両の指をしっかり閉じさせて握らせました。「指。手。緩め、ない。絶対」

 マナムは、しっかりした表情で頷きます。

「イズモ」と、もう一度ベスは呼びます。「ベス。戦う」

「よく言ってくれた」と、イズモも答えました。正直、一人で地面と空の二点で戦うのは難しかったからです。「地面は任せた」


 マナムを襲って来ていたのは、「妖夢(ようむ)」と「屍者(ししゃ)」でした。

 赤黒い霧のような姿をしている妖夢は、マナムの意識を恐怖で乗っ取ろうとしています。それに伴われる屍者は、マナムに恨みを持つ者でした。正確には、マナム達に、です。

 彼等は、魔獣の体を作っていた灰を吸い込んで病にかかり、死んだ者や、死につつある者達の憎悪が集まった邪霊でした。

 空の高みから身を広げた妖夢は、マナムの居る結界の周りを取り込みました。それは屍者に力を与えます。実体化し、対象に恐怖と攻撃を与えると言う力を。

 ベスが結界から走り出すと同時に、実体化した屍者は、マナムの居る結界に向かって、瞬く間に這い寄りました。

 二重の結界の表面に手をつき、顔を押し付け、口の中から呪い語を吐きます。マナムは身をすくませましたが、正座の姿勢を崩さず、両手でギュッと魔力の縄を握りしめました。

 頭の中で幾つかの術を検討してから、ベスはマナムを囲んでいる屍者達に「清浄化」の力を放ちました。

 ベスの魔力値は、人間よりずっと容量があります。動く屍として実体化した邪霊の、意識を数体乗っ取るくらいは出来ます。

 ベスの魔力に満たされた屍者は、一時的にベスの思う通りに動くようになりました。結界を圧迫する動きを止めて、背のほうから押してくる者達を払いのけました。


 飛翔の術を使い、イズモは妖夢の居る範囲から外へ出ようとしていました。ですが、闇に感覚が歪められ、気を抜くと「永遠に飛び続けなければならないような錯覚」を起こしてしまいそうです。

 イズモは、目に霊力を宿しました。空の高みにある月が、妖夢の範囲を透かして見えました。それを目印に、妖夢の外に飛びます。

 やがて、赤黒い霧の外に出ました。霧状のこの霊体は、何処かに幾つかの「気点」があるはずです。霊的な力を放つための「気」を流している点が。

 イズモは錫杖に宿していた炎の一つを、右の人差し指に移しました。目にも霊力を宿したまま、天空への飛翔を続けます。妖夢は、そんな術師を取り込もうと、更に身を膨張させます。

 イズモの目に、赤い流動が溢れてくる点が見えます。其処に向けて、鋭く指先を向けました。青白い炎の矢が、一閃、霧状の霊体を切り裂きます。

 矢は気点に食い立ち、ギリギリと音を立てながら、霧状の化物を縫い留めました。ですが、一ヶ所を縫い留めても、他の気点の動きが活発になるだけです。

 今縫い留めた場所以外に、最低十ヶ所、縫い留めなければならない気点を見定めました。

 捕らえようとしてくる霧を避けながら、錫杖に残していた炎を手指に纏わせ、イズモは気点へめがけて矢を放ち続けました。


 数体は操る事が出来た「清浄化」の術ですが、妖夢の創り出す空間に集まってくる屍者は、山のようにいます。

 ベスは押し寄せて来る屍者達の波を、人ならざる力で払いのけながら、マナムの居る結界から距離を取りました。広範囲を包括できなければ、行動不能になる術を使う意味がないからです。

 彼女は、両手の人差し指と中指を少し組んだ形にして手を伸ばし、マナムに向かって押し寄せている屍者達に向かって、浄化の術を起動しました。

 この術が効力を示すのは、魔力的であろうと肉眼であろうと、視力で捉えられる範囲のみ。

 マナムを守る結界の周りに居た屍者達は実体を失い、青白い煙に成って消えて行きます。

 それでも、イズモが妖夢を始末するまで、屍者は次々に集まって来ます。ベスは浄化の出力を上げ続け、やがてその力は辺り一面を覆うようになりました。


 イズモは、空中から、地面で巨大な浄化の術が働いている事に気付きました。しかし、それに気づいたのはイズモだけではありませんでした。


 霧のような身を震わせ、妖夢の気点の一つが、ベスの方向に、急速に近づきました。別の気点を撃ち取っていたイズモは、それに気づいて歯を噛みしめました。

 通信の術や念話で声を飛ばそうとしても、妖夢の中に居るベスには届きません。

 突然ベスの目の前に現れた、霊気を発する気点は、彼女の意識を夢の中に呑みこみました。

 かつて覚えた事のある、発狂しそうな絶望を繰り返される夢の中に。


 イズモは出来るだけの速度で気点を撃ち取り、妖夢の効力範囲を削減して行きました。地上を覆っていた浄化の術は、ベスが意識を失うと同時に解除されました。

 予め、マナムに守護の結界の鍵になる力を、渡して置けたのは正解でした。

 イズモは十七ヶ所の気点を縫い留め、自由落下より素早い速さで地面に向かって飛翔しました。着地する直前で一瞬だけ体を浮かせ、地面に足をつくと同時に、霊術を宿した錫杖の先で地を示します。

 途端に、妖夢の霧は錫杖の先に向かっ、て吸い込まれて行きました。

 縫い留めた気点から集まったイズモの霊力が、妖夢を地面の底へと封印したのです。


 妖夢が消えた後でも実体を保っている屍者達が、遠くの方からまた這ってきます。

 イズモは懐から霊符を取り出し、マナムの居る結界に近づきました。

 思わず、縄から指を離しそうになり、マナムはハッとして手に力を入れなおしました。

 イズモは頷き、縄を握ったままのマナムの右手に、霊符を貼り付けました。

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