真夏の夜の怖い夢~マナムの所へ 2~
湿度の高い寝苦しい夜に、マナムは寒気を感じていました。
その上、心臓が冷えてしまいそうな、すごく怖い夢を見ていました。
電気椅子の様なものに座らされ、体を括られた無表情な男の人が、電気椅子のスイッチの前に居るマナムを、じっと見つめて来るのです。
どうやら、マナムはそのスイッチを押さなければならないようでした。
電気椅子に括られた男の人は、口をだらりと開けました。そこから、彼の言いたい言葉が、文字に成ってダラダラと溢れ出て来ます。
「お前が俺を殺した。俺はお前を知らない。知らないお前は俺を殺した。お前は俺を知らない。俺はお前を知っている。お前は俺を殺した」
その文字が、何度も何度も男の口から流れ出て来ます。
マナムも訳が分かりません。唯ひたすら、不気味で怖い事だけは直感的に分かりました。
「時間です」と、誰かの声が言います。マナムはボタンを押さなければならないのです。
でも、ボタンを押した覚えがないのに、目の前の男はショックを受けたように目を見開き、開けた口から文字を溢れさせながら、括りつけられている身をのけぞらせました。
そしてその頭が、ぼろりと取れてマナムのほうに転がってきたのです。口から文字を溢しながら。
そこで目の覚めたマナムは、大きく息を吸い込んで、体をベッドの上に起こしました。
怖い夢が頭の中から遠ざかるまで、マナムはベッドの上でじっとしていました。でも、何だか背中がぞわぞわ言っているようで、なんでこんなに寒いんだろうと不思議に思いました。
もしかしたら、風邪にかかり始めているのかもしれないと考えて、ベッドを降りました。
スリッパを履いて、イズモの部屋へ向かいます。ドア下の隙間からは、まだ部屋の明かりが見えました。ドアをノックすると、「はい?」と、イズモの声がします。
マナムは寒気を我慢しながらドアのレバーを倒して、「先生」と呼びかけました。
さっきから何だか寒気がする、風邪にかかったのかも知れないと言うと、イズモはマナムの額と喉を触診して、ベロを出させました。
「喉の奥が少し腫れてる。確かに、風邪の引き始めかも知れないね」と言って、イズモは救急棚から風邪薬を取り出すと、一粒をマナムの手に乗せました。
「水で飲み下しなさい」と言います。
マナムは、薬がもらえたのは良いけど、薄暗い家の中を歩き回るのはちょっと怖いなと思いました。
だけど、そんなワガママは言えないなとも思ったので、「ありがとうございました」と礼を述べ、退室しました。
薬の粒を左手に握ったまま、マナムはベスを呼びに行きました。
ベスは、彼女に宛がわれている部屋で、洗った靴下や衣服の繕い物をしています。
「ベス。薬が飲みたいんだ。お水の用意するの、手伝って」と言うと、ベスはにこりと笑んで、針を机の上の針山に戻すと、繕い物を膝から避けて木の椅子から立ち上がり、マナムの左手を握りました。
「待って。そっちの手、お薬があるから」とマナムが言って、手を離してもらっても、ベスは振り返って首を傾げ、またマナムの左手を握ります。
なんで右手を握ってくれないんだろうと思いながら、マナムはベスに連れられて、キッチンに行きました。
それからしばらく、ベスはマナムの右手を握ろうとしませんでした。何時も、体の左側に回ったり、左の手を掴んだりします。
マナムはそれを不思議に思い、ある日、ベスがスパイスと米を使った炊き込みご飯を作っていた時に、背後から右手でベスの右手を握りました。
ベスは、何も反応しません。何時もだったら、「なぁに?」と聞いてくれるのに。
手をつないでいるのにも気付かないようで、ベスは下していた右手を上げて、炊き込みご飯の過熱をしているコンロを操作しました。
自然な動きを邪魔していたマナムの右手は、振り払う動作さえなく引き離されました。
なんだか不安に成って、マナムは左手でベスの右肘に触れてみました。
そうすると、ベスはようやく気付いたように「なぁに? マナム」と呼びかけてくれたのです。マナムの左側の顔が見える方向から。
マナムは、その日の仕事から帰って来たイズモと一緒に夕食を取っていた時、ベスの様子がおかしい事を告げました。
「時々、僕を無視するようになったんだ」と。
イズモは、ベスがマナムの面倒を看るのは、マナムを保護する対象だと思っているからだと言う事を知っています。
アンナイトの「魔力感化」の影響が解け始めているのだろうかと考え、イズモは、コンロの前の椅子に座って休んでいたベスのほうを見ました。
ベスは、口元に笑みを浮かべたまま、大人しくマナムとイズモの食事風景を見ています。イズモと目が合って、きょとんとした表情をした後、首を傾げました。
食事が終わって、マナムは食器をシンクに持って行きました。ベスは、わざわざマナムの左側に回って、「マナム。磨いて、歯」と、何時もの指示を言いました。
「うん……」と、何となく変な感じを覚えながら、マナムは頷きます。
その様子を見ていて、イズモも変な感じを覚えました。
それで、イズモは洗い物の仕事をしようとしていたベスを椅子に座らせ、質問をしました。
「何故、マナムの左側に回るんだい?」
そう聞くと、ベスは首を傾げます。
イズモは聞き方を変えました。
「マナムの左側から話しかけるのには、何か理由があるのか?」
そう言うと、ベスは顎の下に、人差し指と中指の爪をあててから、こう答えました。
「マナム。友達。半分。半分こ。左、側。マナム」
イズモはそれを聞いて、じっくり考えました。それから、「マナムが、左側しかなくなってるって事?」と聞きました。
ベスは、自分の言いたい事が伝わったと言う風に、嬉しそうに頷きました。
それからこう言いました。
「前、から。ちょっと。一週間。前。友達。マナム。連れて来た。右、側。友達」
それを聞いて、イズモは表情を強張らせました。ベスをキッチンに残したまま、部屋に戻ったはずのマナムを呼びに、彼の部屋へ歩を進めました。




