お見舞いいかが~シャニィの所へ 4~
寝たきりの状態が半年続いて、いよいよ、鈍り切った身体を動かすリハビリが始まりました。
硬直してしまわないように、足の指は時々動かしていましたが、お腹に力をかかる運動をするのは、物凄く久しぶりでした。
まず、横になった状態で、膝を立てる所から始めました。
「ゆっくり膝を持ち上げますから、関節が痛んでも頑張ってください」と、この時ばかりは看護師さんも無茶を言います。
ぐいぐいと膝裏を揉まれて、横たわった状態でほとんど真っ直ぐに成ってしまっている膝を、ゆっくり折りました。確かに関節は痛みます。だけど、その痛みが不思議と心地好いのです。
「いたたた……いたたたた……」と呻きながら、私は何故か笑顔が浮かんでいました。
その表情を見て、看護師さん達も、「頑張って」と励ましてくれました。
膝と足首を動かす運動をして、まず、車椅子に乗れるようになりました。それから、車椅子から立ち上がって、歩行訓練用のバーの所まで、体を支えてもらいながら歩きました。
そして、バーに手を添えながら、脚を踏みしめると、確かに事故で傷つけた痕が鈍く痛みました。それでも、私は何故か微笑んでいました。
その歩行訓練をしている時に、ジークさんがお見舞いに来たことがあります。その時は、片目が灰色で片目が茶色でした。茶色い髪の毛の一部に、鳥の羽のようなふわふわしたメッシュが入っています。
そして服装は、ダメージ加工をした灰色のシャツと黒いボトムスのセットアップ。靴が白の革靴なので、たぶん無彩色で合わせている服装に、メッシュで彩りを添えているんだろうと察されました。
この人のサイケデリックな様子は、看護師さんの間でも噂に成っていました。
「お兄さんは、何か特別なご職業をされているの?」と、私も聞かれたことがあります。
私は言葉に迷いましたが、「いいえ。あの恰好は、唯の趣味だと思います」と答えておきました。
ふわふわメッシュの頭で来た日は、運動している私の様子を遠巻きに見て、「がんばれー」とか、あんまり励ます気のない励ましの声を投げかけてくれました。
歩けるようになったら、立ったりしゃがんだりする運動や、爪先立ってから踵を下ろすのを繰り返してみたり、縄跳びが飛べるかどうかを試してみたりしました。
頑張ったおかげで、一通りの動きは出来るようになったのですが、どうしても「重たいものを持って、両脚で踏み込んで持ち上げる」と言う動作だけは出来ませんでした。
折角脚に力をかけても、お腹が頑張り続ける事が出来ずに脱力してしまって、腕まで関節の力が通らないんです。
術で診察してもらうと、一度切断された重要な筋肉が、くっついてはいても収縮性を発揮できるほど回復できないでいるのだと、お医者さんはおっしゃっていました。
私は、「以前のように身軽に働くことはできない」と予感していた事が、本当に成ってしまったのを、後ろめたく思いました。
それで、退院間近に、ジークさんがお見舞いに来た時、元の筋力が回復できない事を打ち明けてから、また問い質してしまいました。
「私、本当に、お屋敷に戻っても良いんでしょうか?」と。
ジークさんは、何か考えているように斜め上を見てから、「何度言えばわかるんだ?」と、苦言を呈しました。
複数の内臓が傷ついて、意識を失うほどの大怪我をしたのだから、少しのハンディキャップが残るのは予想している。
その上で、メリュジーヌ様も町の人達も、私の帰りを待っているのだ、不安を打ち消す言葉を期待されても、ジークさんは何も返せない、と言う事を。
私は、私の内心をすっかり読み取られている事を知って、逆に安心してしまいました。だけどやっぱり不安は不安なので、こう言ったんです。
「だって、期待されている通りに働けなかったら、どうしようって言う気持ちは、消えませんよ。それに、まだ私、ちゃんとジークさんにも謝って無いし」
「俺に謝ったら不安が消えるのか?」
「いや……。不安自体は消えないかも知れませんけど」
「『ごめんなさい』と『お気にせずに』のやり取りが、そんなに重要なのかよ?」
「人間にとっては、重要なんです」
そう私が言ったら、ジークさんはしばらく苦い顔をして口を押えて、私の目の前で目と髪の色彩を変えてみせました。
エメラルドのような澄んだ緑の瞳と、白に近い金色の髪に。
「それは?」と聞くと、「メイフィールドの色だ」と、目をそらしながらジークさんは言います。
「何度も言うけど、あんたを許すか許さないかはメリュジーヌの決める事だ。謝るなら、俺にじゃなくて、メイフィールドに謝れ」
「それはどう言う……」と、私が説明を求めると、ジークさんはすごく困った顔をしてから、投げやりに答えました。
「もし、俺が死んでたら、メイフィールドは、俺がこの世の何処かで生きてる事を、信じられなくなったかもしれない。その不安を生んだ事を謝れ」
どうにも、メイフィールドさんとジークさんは複雑な間柄のようです。お互いの現在の状態は分からないけど、お互いがこの世の何処かで生きている事を想像し合う仲。
それは何だか、理想的な「愛情」の形のような気がしました。
だから、私は、ジークさんが言った通りに、目の前の「メイフィールドさん」に謝ったんです。
「この度の事は、私の落ち度です。貴女の大切な人は、今でも元気です。ごめんなさい」って。
私のワガママを聞いてくれたジークさんは、しばらくそっぽを向いて黙ってから、口先を尖らす変な裏声で言いました。
「ウン。ワカッテル。しゃにぃチャン。アナタハ、オウチニカエッテ、ゴハンヲツクリナサイ」
明らかにふざけているその声を聞いて、私は苦笑いが浮かびました。
「それは何の鳥のまねですか?」と聞くと、「トリノマネジャナイヨ。めいふぃーるどチャンカラノ、オコトバダヨ」と言ってから、何故かジークさんは私の顔面に、べちっと手の平をあてました。
私がびっくりして、顔をそらしてからジークさんのほうをみると、もう「メイフィールドさんの色」は消えていて、元の奇抜な瞳の色と髪の色に戻っていました。
「はいはい。分かりましたね、シャニィさん?」と、ジークさんは不機嫌そうに言います。
「メイフィールドは『帰って飯作れ』って言ってただろ? これ以上、屋敷に帰って良いのかどうかとかぼやくと、メリュジーヌに言いつけるぞ」
「それは困ります」と、私は答えました。「メリュジーヌ様を困らせては成りませんから」
俺は困らせていいのか? と、ジークさんは言いましたが、困らせた分だけちゃんとお返しをもらえますからと答えると、良いように扱いやがって、と彼は文句を言っていました。
そんな風に、はっきりと不機嫌な顔を見せてくれるのって、私の前でだけなのかなって言う事を、何時もの「ふざけているジークさん」を知っている身としては、考えてしまうのです。
ジークさんには、もっと人間の融通の利かなさを覚えてもらって、もっと機械っぽくなくなってもらおうと、私は心の中で計画を抱いたのでした。
そんな二年間を経て、私は無事にメリュジーヌ様のお屋敷に戻れたのです。




