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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集7
290/433

お見舞いいかが~シャニィの所へ 1~

 大変な事が起こってから、一ヶ月も経たない頃です。私、シャニィ・ルーンは、一応、命を長らえました。お腹に、複雑な魔術の治療を必要とする、内臓と表皮を縫う大手術の痕を残して。

 意識が戻ってからも、体を起こしたり、左脚を動かしたりすることを許可されなくて、気持ちはすっかり憔悴していました。

「ああ、私の体はもうだめなんだ。以前のように身軽に働いたりできないんだ」と思って、隠れて夜な夜な泣いていました。

 外の世界で、異常気象による天変地異と、原因不明の砂塵被害が起こっていると言うのを、看護師さん達の噂話で聞きました。

 唯の屋敷のメイドだったとは言え、私も魔力は持っています。その異常気象や砂塵被害の原因が、メリュジーヌ様やアンさんやジークさんの関わっている、「大戦」の影響である事は分かりました。

 何処かの国で、町や都市を襲っていた魔獣が殲滅されたと言う話を聞いて、何となく、「大戦」は終わったんだなと察しました。

 そして、私は、すっかり辞職の決意をしていました。

 恐いとか、そう言う事じゃないんです。魔力持ちの癖に、簡単に敵の思い通りに成ってしまう軟弱な使用人なんて、本来は厳重な警備が必要なあのお屋敷に、居るには相応しくないと思ったんです。


 メリュジーヌ様から直々のお手紙が来て、私の心は少しだけ華やぐと同時に、そんな気持ちを律しなければと思いました。

 お手紙の内容は非常に簡潔で、「怪我は大事無いか」と言う書き出しから始まり、「近いうちに見舞い人に花を持たせる」と結ばれていました。

 私は、誰が来るんだろうと思って、少し緊張しました。真っ先に思いついたのはエルトンさんでした。あのお屋敷に出入りする者に手紙を運ぶのは、彼の仕事だったからです。


 ドキドキしながら数日を過ごし、内臓の縫合に使われた「溶ける糸」がちゃんと溶けているかを、確認する検査を受けました。

 普通の検査の方法とは違って、魔力を込めた手で、表皮を触診する事で調べるんです。

「ああ、ちゃんと溶けてますね」と、お医者さんはおっしゃっていました。「まだ研究段階の治療法なので、溶けた糸が体に悪影響を及ぼさないか、これからも段階を追って検査しますからね」と。

 お腹の表面を塗った糸は、普通の縫合のための糸だったので、抜糸をする必要がありました。

 その時だけは、治りかけた傷口の周りを、細かく切られた細い糸が通過する痛みを我慢しなければなりませんでした。


 後は、内臓の機能がちゃんと回復して、お腹の中身をしっかり運べるようになるまで、養生しましょうと言う事に成りました。

 そのくらいに成ってから、思い出したようにお見舞いの方はやってきました。

「よー。元気?」

 そう呼びかけられた声に、は聴き覚えがありました。だけど、見た目が全然見た覚えのない様子でした。

 髪を退けた素の顔は、一回拝見したことがあるのですが、お見舞いに来たその人は、右目が黄色で左目が水色で、髪の毛は白っぽい茶色で、首筋に見える髪の内側だけを墨色に染めていました。

 そして何より、黒いタンクトップの上にチェックのシャツを着て、ボロボロでだぼだぼのジーンズに、蛇柄のベルトをつけて、艶々の革靴を履いているのです。

 片手にバッグを抱え、もう片手に逆様にした花束を持って。

 私は、自分の聴覚を信じて、「ジークさん……ですよね?」と確認しました。

「そうだけど。何か?」

 そう、この確信犯は聞いてきました。

 いや、もしかしたら、そんなどぎつい格好してたら、普段から声を知ってる人でも人違いかと思ってしまうと言う事を、この人物は自覚していないのかも知れません。

 そもそも、ジークさんは屋敷から出られないはずでは? と思ってると、「不思議だろ?」と、面白がるように本人も言います。

「最新技術の応用でさ。照射映像で作った疑似形態なんだ。疑似って言っても、霊力と魔力と物質、三つの力に影響は出来る。今は外見を変貌させる機能を特化してんだけどな」

 そう言って話し始めた機械オタク……いやいや、ジークさんのお話を噛み砕くと、このようでした。

 ハウンドエッジ基地の整備主任と「内密の交渉」をして、ガルムさんが操っていた神気体を、通常の人間のように振舞わせる技術の開発が始まったのだそうです。

 その人体形状のモデルと操縦士して、「年がら年中機械と同居している人物」であるジークさんが選ばれと言うか……面白そうだったから、名乗り出たのだそうです。

 それで、髪の毛や皮膚の質感や、体格から骨格から内臓の機能から眼球の反射から、頭の中身の事以外は全部調べられて、ジークさんをモデルにした照射映像疑似形態(シャドウ)が作られたんです。

 形状や色彩を変化させる部分は、なるべく人間に可能な変化だけに留めて、声の発音もジークさんの声紋をコピーして忠実に作られています。

 だから、突然別人の声を出したりは出来ません。だけど、髪色とか瞳の色は「いつも通りに変えられる」のだそうです。

「ちゃんと、花だって活けられるんだぜ」と言って、ジークさんは持っていたバッグから花瓶を取り出すと、用意の良い事に、その中に水筒に入れて来た水を注いで、サイドテーブルに置きました。

 それから、お花屋さんの手で繊細に包まれたラッピングを……べりっと剥がし、剥がしきれなかった切り口の綿を付けたまま、花の束を突き刺すように花瓶に刺しました。

 狙いはしっかりしていて、花の茎が折れちゃうことは無かったけど、動作が乱暴すぎてちょっと怖かったです。

 私が呆然としているのを観て、「まぁ、ちょっと動作は雑だけどな」と、ジークさんは言い訳をしました。

 これは、シャドウの機能がと言うより、ジークさんが元々こう言う動作の人なのではないかと思うのですが、屋敷でごくたまにお風呂に入ってる時とかは、もう少し滑らかに動いていた記憶があります。

 操縦者が言う通り、開発中の機能だから、繊細な動きに限界があるのかも知れませんね。

 ジークさんは、「メリュジーヌも、あんたが帰ってくるのを待ってる。ゆっくり休めよ」と言って、空っぽになった鞄に、ラッピングの紙を放り込むと、さっさと帰って行きました。

 私は、お花屋さんが揃えた通りに揃ったままの花を観て、切り口が腐りそうだから看護師さんに綿を取ってもらわなきゃと思って、コールボタンを押しました。

 そして思い出しました。

 辞職の話をするんだったと。

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