29.生きて行くと言う事
カーラから、「城」でのサブターナ達の事を度々教えてもらう。
外部から指令を送って来る者達が居なくなった複製魔獣達は、すっかり大人しくなって、サブターナや魔神達の言う事を細かく聞くようになった他、自分達の命を「顧みるように」なったそうだ。
特に、知能の高い八目蜘蛛は、自分達の社会性の中に「道徳」とか「礼儀」とかの項目を導入し始めた。
「今、夫々の個体の尊崇って言う概念を教えてるから、そのうち、魂やそれに関する信仰心なんかも、芽生えるかも知れない」と、サブターナは言っていた。
指導者が居なくなった「城」の中では、サブターナとその教師であるアナンと言う魔神が先頭に立ち、複製魔獣達を教化している。
気性の荒かったランケークと言う大蛸と、フォリングと言うキマイラの種族の大人達がほとんど居なくなってから、「城」の中は穏やかなようだ。
他の魔神達や、科学者や医学者のような働きをしていた魔神達にとっても、サブターナはカリスマだ。
サブターナの提案した事は大人達の間でよく練られて、その提案が実現可能かどうかを吟味される。
サブターナはある日、生き残ったランケーク族の若蛸達の、「海への帰還」を提案した。そして、生き残りのフォリング族には、「森への帰還」を。
この提案は、人間のように「城」と言う過密な場所に閉じ込められているからこそ、両種族は常に対立しなければならないし、気性も荒くなってしまうのだと言う仮説に基づいている。
少しずつ体を環境に慣らして行く練習をしてから、ランケークは海での自由を、フォリングは空と森での自由を得た。
「どうしても食事にありつけなかった時だけ『城』に戻って来て良い」と言う温情付きの自由なので、まだ自力で獲物を捕まえると言う事が出来ない、幼い者達は勇気づけられただろう。
サブターナ達が決めた「エデンの限界線」は、「城」の周りを守る森と山の頂までとした。
「城」を囲む山々には、精霊の加護のある建造物が幾つかあり、それ等からの力を得られないと、サブターナは、正常に精霊術が使えなくなってしまうからだ。
もうすぐ十歳になるサブターナは、そろそろ「イブになる」とか、「アダムの妻になる」と言う意味が分かり始めている。
アナンから、子供を産むと言う事がどのような現象かを教育され、その勉強をした後は「恥ずかしくて頭が爆発しそうになる」と言っていた。
その他に、三年後には、自分はちゃんと「月のもの」が来るようになっているのかとか、二次成長期は何時から始まるのかとか、色んな事が気に成っているらしい。
食事の量とバランスがしっかりとれている子だと、十二歳になる頃には胸が膨らみ始め、その後に「月のもの」が始まるようになる。
胸が出っ張るのは、女性ホルモンの影響で乳腺が成長して、何時でも乳を出す用意が出来ているようになるためだ。
そのため、男性でも何らかの原因でホルモンに変質が起こったり、外部から女性ホルモンを大量に摂取してしまうと、乳腺が発達して胸が膨らんだりする。
乳房を正常な位置で支えておきたいなら、ブラジャーと呼ばれる補正下着を身につける必要があるが、それを身につけていると、身動きに少しの鈍さが出る。
その動きの不便さは、体型を整えるための布地の特殊な圧迫によるものである。
胸を支えながら動きの敏捷性を保つなら、乳房ごとガチガチに布で固めてしまうか、圧迫が少なく布地の柔らかい補正下着を選ぶ必要がある。
「その事をサリアに聞いてみたの」
そう、十歳前の淑女はカーラにこっそり話した。
「サリアは、ちゃんとその補正下着も自分で作ってた。サリアのは、胸の下にゴム紐が通ってて、胸を支える以外の行動の邪魔をしない下着なの。運動用補正下着って言うんだって」
話を聞いていたカーラは、勉強としてそう言った情報を得ているサブターナを前に、気恥ずかしくてもじもじしてしまった。
カーラはちゃんと補正用のボーンが入ったブラジャーを付けていて、自分の胸の高さがキリッとして居る事は良い事だと思っていた。
だけど、そのことを打ち明けるのは、何だか変な感じがする。
サブターナは、明らかに「運動用補正下着」……つまりスポーツブラのほうに興味を持っているし、体の動きを制限されないのは良い事だと思っている。
それに、手作りするんだったら、確かにスポーツブラのほうが作るのは簡単だろう。
「カーラは、どんな補正下着を使ってるの?」
サブターナから、一番聞かれたくない質問が来て、カーラは「私のは、運動用補正下着とは違うから、参考にならないよ」と答えた。
座っていた椅子からパッと立ち上がり、「それより、エデンの中にいる貴女の友達に、連絡を取る方法を考えよう」と提案してみた。
途端に、サブターナの表情が暗くなる。「どうしても、アミナと話さなきゃダメ?」
「勿論だよ」と、カーラは断言する。何より、補正下着の話から頭をそらしたい。
「エデンの中にいる貴女の他の女の子は、その子だけなんでしょ? もしかしたら、将来あなた達の子供の、お嫁さんになるかもしれないし」
そう言うと、サブターナは首を横に振った。「それなら、なおさら連絡は取れない」
「どうして?」と、カーラは聞く。
「もし、私の子供達が、アミナと出会って、アミナか、アミナの子供達に恋をしたとしても、それは『私が指図した事』じゃ、ダメな気がするんだ。
子供達の事は、子供達が、ちゃんと自分で選んだんだ生き方なんだって、納得できなきゃならない」
誰よりも拘束されているはずの生き方をしているサブターナは、自由意志と言うものを信じているようだった。其処でカーラは聞いた。
「それなら、サブターナは、自分が……アダム君以外の、結婚相手を選べないのを、不自由だとは思ってないの?」
「うん。私達は、二人しかいない『人類の祖』だから」と、サブターナ言う。「だけど、子供達は別。彼等には、彼等の選んだ生き方で、人生を続けて行ってほしい」
これは、アミナちゃんの子供は責任重大だなぁと思いながら、カーラはひとまず、「そっか」と答えておいた。




