28.報われる事
砂漠でエニーズを屠ったガルムさんとアンナイトは、無事にハウンドエッジ基地に帰還した。だけど、長時間の代行操縦の影響で、アンナイトは、しばらく神気の補給のみが必要になった。
毎日一定時間、ガルムさんはアンナイトの操縦席に座ったまま、ゴーグルをかけずにアンナイトと会話をしていた。
アンさんが意識を取り戻したことと、アンさんは国の管理からは逃れられたが、神殿の研究者達からは逃れられないって言う愚痴を言うと、アンナイトは「自由である事が、彼女の生きがいになると思えない」と述べる。
「自由じゃ無い生きがいってなんだよ?」と、ガルムさんは聞く。
アンナイトは「彼女は、常に『働き続けて居た』人物だろう?」と聞き返す。
「そりゃまぁ……。働いてるか、何かに巻き込まれてるか、どっちかだったな」と、ガルムさんが言うと、「だからだ。自由な時間を与えられても、彼女は仕事を求めるだろう」と、アンナイト。
「ねーちゃんにも、趣味くらいあると思うけど」と、ガルムさん。
「五歳の頃から戦闘要員として躾けられて、十歳から毎日実戦の場に居た人物に、趣味が?」と、アンナイト。
それを言われてしまうと、ガルムさんはめっきりアンさんが趣味にふけってる所なんて思い出せない。
家に居た時のアンさんは、ガルムさんと話してるか、ご飯やおやつを食べているか、お風呂に入っているか、眠っているかだけだったからだ。
「これはあかんなぁ……」と、ガルムさんは何処かの方言で呟いた。「ねーちゃんに、老後の趣味を持たせてあげる時間を作らないと」
「その意味は?」
「俺がねーちゃんの分も働くって事だ」
「ガルム・セリスティア」と、アンナイトが改まって呼び掛けてくる。「お前に趣味はあるのか?」
「あるよ。読書と……料理と、お菓子作りと、読書」
「何の本を読んでいる?」
「鉱物学の辞典とか、図鑑とか、歴史書とか」
「鉱物の事に関して以外に興味は?」
「料理とお菓子作り」
「それは趣味と言うより、何かの意図を持って勉強しているのでは?」
「まぁ……。それは、ねぇ……」
「言いにくいのであれば、音声を念話に切り替えるが」
「そう言う気を回さなくて良い。神気が無駄に減る」
「それだ。気を使う事をすると、力が無駄に減る。それを人間は、疲れると言う。学ぶことに疲れるものを、趣味とは呼ばないのでは無いか?」
「疲れた分、見返りがあるから良いの」
「姉からのキスは期待できないぞ」
「そう言う冗談を飛ばすな。自分の作った飯を『美味そうに食ってくれる』だけで、報われるものなんだよ」
「ごった煮会では報われているのか?」
「あれは、煮汁を用意して、具材をぶち込んでるだけだ。何も作って無い」
その後も、ガルムさんはアンナイトから、散々今後の人生での「老後の趣味を作る心の余裕」について質問され、それに答えていたら、何時の間にか側に来ていた整備主任がニヤニヤしていた。
アンさんが、ベッドの上に体を起こせるくらいになった時、お見舞いに来たガルムさんに「朱緋眼を返してくれるかな?」と頼んだそうだ。
ガルムさんは意外そうに「なんで?」と聞いて来て、アンさんは「元々は私の業だし。君に押し付けたままじゃ申し訳ないでしょ?」と言うと、ガルムさんは短く、「やだ」と答えた。
アンさんは国が研究した「朱緋眼を持つことの呪い」について説明し、「そのままじゃ、ガルム君は彼女も作れないんだよ? 君はこの先も長いんだから、人生の喜びと言うものを謳歌して……」と説得しようとした。
だけど、ガルムさんは「人生が長いのは、ねーちゃんもでしょ?」と言って、そっぽを向く。
それからこう言ったそうだ。
「俺にこの目が無いと、アンナイトも困るだろうし。ねーちゃんは俺の心配をするより、自分の人生の楽しみを見つけなさい。業が無い分、出来ること増えたんだろ?」
アンさんはすっかり困ってしまって、「そりゃぁ、誰かを殺しちゃわないかなーと思いながら術を使う事は無くなったけど」と言いながら視線を彷徨わせた。「人生の楽しみねぇ……」と。
「今度、女の人が好きそうな本を、幾つか持ってくる」とガルムさんは言った。「その中で、興味があると思ったことを調べるところから始めれば?」
「えー。本代かかるでしょ?」と、アンさんが節約を考えようとすると、「雑誌や本を買えるくらいの貯金はあるよ。俺も、タダで軍に居るわけじゃない」と答える。
それから、ようやくアンさんのほうを見て、青いカラーコンタクトレンズを片方外して見せると、「この目は、俺のだ」って、勝ったみたいに言って、サングラスをかけて帰って行った。
その一件から、アンさんはガルムさんを説得するのを諦めて、アプロネア神殿の研究に協力しながら、雑誌や専門書なんかを読みふける日々を送っている。
体のリハビリをしながら、アンさんのバイオリズムや、髪の毛から採取した遺伝情報を調べる所から、研究は始まっているそうだ。




