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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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27.再会の日

 町に集まっている者達の耳に、聞きなれない音楽が響いてきた。

 音階の違う金属の鐘の音や、鉄のパイプを叩いているような打楽器の音、女神の声のような美しいコーラスと、張りつめた竪琴の音。

 町の皆は、その音楽が何処から聞こえるのかを探すように、あちらこちらを見回している。

 音の源は、再建された憑依塔からだった。

 造られて間もないビルディングの中から、軒を並べる店舗の中から、花壇と噴水に彩られる公園の中から、人々は天頂高くそびえる憑依塔を見る。

 其処から発せられる魔力は、青白い光を帯びて、ゆらゆらと立ち昇るように塔の周りを漂っていた。


 新しく建てられた映画館の中でも、憑依塔から聞こえる音楽が、トーキーに録音された交響曲の中に混じって聞こえている。

 放映されているのは、神話に由来するファンタジー映画で、丁度、主人公の味方達と敵役達が刃を交えている所だった。

 クライマックスの合戦のサウンドに、その音色が混じると、不思議な高揚感と、目覚めるような爽快感を起こさせた。

 映写室からその異変を観ていたホッド氏も、目の覚めるような感覚を覚えながら、遂にこの時が来たのかと背を正した。


 アンさんは、その時、ぼんやりと町を歩き回っていたと言う。

 意識がはっきりしなくて、なんで自分が知らない町の中を歩いているのかも分からない。

 理由の分からない懐かしさを探すように、色んな路地を観て、色んなお店を覗いて、路面電車に()()()新しいシステムとして鉄道が走っている事を知った。

 その鉄道に乗り込む人達も、乗ってくる人達も、ほとんどは身体を失った霊体だ。時々、妖精や精霊などの、特殊な力を持った霊体も混じっている。

 運転手さんと車掌さんは、頭の先から足元までもじゃもじゃの毛で覆われた、鳥の足のような手と大きな眼だけが見える、真ん丸い不思議な生き物だった。

 恐らく、何処かの誰かが雇った、「魔神(ジン)」なのだろう。

 誰がお給料を払っていて、その魔神(ジン)達が何処から来たのかは分からなかった。

 それは前の町の時も同じだったな。

 アンさんはそう思った。それから、前の町ってなんだっけ? と、まだぼんやりしている意識で考えた。

「アン」と、誰かが呼び掛けてきた。女の子の声だ。

 前髪をブロンズのカチューシャで止め、臙脂色のベルベットのワンピースを着て、白いタイツと黒い靴を身につけている。その茶色の瞳には、見覚えがあった。

「貴女は……」と言いかけて、アンさんはその子の名前を思い出せなかった。

「無理はしなくて良い」と、アンさんの意識の事が分かるみたいに、ベルベットのワンピースの女の子は言う。「私はね、二つ名前を持ってるの」

「二つ?」と、アンさんは聞き返す。

「うん。あの子の姉としての、『ササヤ』って名前と、貴女の相棒としての、『アンバー』って名前」

 そう言って、女の子はワンピースのポケットから、銀のチャームが付いたペンダントを取り出した。

 それを差し出しながら、アンさんの片手を握り、女の子は言う。

「私は、貴女の双子には成れない。だけど、友達には成れたよ」

 女の子の手から、アンさんの手に、ペンダントの鎖が触れる。

「愛しいって言う気持ちが、どんなものか、分かったよ」

 鎖は優しく手を滑り、女の子の手からチャームが離れる。そして、アンさんの手の平に、熱を宿したチャームが落ちる。

「『愛情』をありがとう。私の、『慕わしい人』」

 そう言った途端に、女の子の姿はアンさんの目の前から掻き消えた。

 アンさんは、辺りを見回して、手の中に受け取った銀のペンダントを握りしめた。遠くから、近くから、音楽が聞こえる。そして、急に何かに気づいたように、町の中を走り出した。


 憑依塔の真下。塔を支える構造物がどっしりと脚を下ろす場所。そこで、彼は他の作業員と一緒に、憑依塔から聞こえるようになった音楽を聞いていた。

 特に、聴き入ってると言うか、感心している風でもない。音階の中に魔力波が含まれているのが分かって、作業を中断せざる得なかったんだ。

 塔を下から見上げならが、何時音が止むだろうと言う話し合いまでしてたくらいだ。

 其処に、別の音が聞こえてきた。チェロを高い音で小刻みに鳴らしているような音だ。

 それが聞こえてくるのは、憑依塔とは別の方向。

 その音に気付いた彼は、音の方を振り返った。

 其処に、白い髪と青い目の、黒いロングワンピースを着た女の人が居た。走ってきたようで、息を切らせて。

 女の人は、何か言おうとしているようで、唇を少しふわふわさせて、目を瞬いた。

 彼は、気まずそうに髪や首筋を搔いて、女の人が――アンさんが――、何を言おうとしているのかを待っていた。

 アンさんは、ゆっくり歩いて彼に近づき、片手を伸ばして、「ラム」と、彼の名を呼んだ。その途端、アンさんの体は指先から崩れて、意識の町の外に送り出された。

 彼は――ラム・ランスロットは――、胸で息を吸って吐いてから、「ようやく普通に呼んだな」と呟いた。


 ベッドの上のアンさんの瞼がぼんやりと開いたとき、フィンさんとノリスはそれが「筋肉の硬直で開いたのではない」事を、ずっと期待していた。

 その期待は叶えられ、アンさんは瞬きをして、唇の動きで「此処は?」と呟いた。まだ、声が出せるほど喉が回復していないのだ。それでも何か言おうとして、呼吸がおかしくなってむせていた。

「あわてるな。まず、水を飲め」と言って、フィンさんが飲料水を飲ませる小型の水差しで、アンさんの口に水を含ませた。

 それを飲み込んでから、アンさんは苦しそうに息をして、せがむようにフィンさん達を見回した。

 フィンさんとノリスは、状況を説明した。アンさんの霊体が砂漠で意識を失ってからの、それまでに分かっていた状況を。

 特に、アンさんの体の事について詳しく説明した。

 筋肉が痩せているので、今はまだ通常の行動は取れないだろうと言う事と、筋力が戻ったら、アンさんはアプロネア神殿の研究に協力しなければならない事。

「研究の協力には、同意してくれるか?」と、フィンさんが聞いた。

 アンさんは、小さな頷きで答え、目を閉じて、両眼から一筋涙を流した。

 それを見たフィンさんが、すまなそうに声をかける。

「無断でお前の情報を神殿に売ったことは、詫びる。許さなくても良い。私は……私達は、お前に生きてほしかったんだ。すまない」

 アンさんは、首を横に振った。そして、か細い念話で言う。

 ――違うの。嬉しいの。

 二人は、その言葉の意味が分からなくて、お互いの顔を見合わせてから、またアンさんのほうを見た。

 アンさんはこう続けた。

 ――まだ、私、生きてても役に立てるんだって。


 その時の話を聞いて、私は、アンさんの言葉に詰まっていた悲しみと感謝が、何となく分かった。それで、「生きてる許可なんて、要らないんだよ?」って、声をかけた。

 アンさんは、小さく頷いた。私が言いたかった、それでも言葉に出来なかった部分の意味を、分かってくれたみたいだった。

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