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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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24.限界値

 方舟が飛び立ったのを確認して、アンさんも気が緩んでたのかも知れない。彼女の事だから、外からの命令が無くなれば、タイプスリーは大人しくなるかもって期待を持ってたんだと思う。

 だけど、エニーズタイプスリーは、命令してくる者が居なくなった事なんて、全く気にしなかった。むしろ、慌てたように手足を動かして、目の前にいるアンさんの霊体を捕まえようと、必死になり出した。

 目の前に並べられた、良い香りのご馳走を貪る事を考える、飢餓でパニック状態の熊……と、例えれば良いのだろうか。

 霊体のアンさんと神気体のアンナイトをしっかり見分けて、アンさんのほうに狙いを定めると、バタバタと手足を動かして地面を這い、それまでにない勢いで突進してきた。

 アンさんは、さっき通り過ぎた砂砂漠のほうに箒の柄を向けた。タイプスリーが砂に足を取られててくれないと、追いつかれそうだったからだ。

 だけど、狂気の沙汰みたいなタイプスリーの移動速度は、尋常じゃなかった。


 大きな赤ん坊の手が背後から何度も振りかぶってきて、アンさんはその手を避けるのに必死になった。そして、ある一撃が、箒の房を地面に叩きつけた。

 アンさんも、箒に連れられるままに地面に落っこちて、霊体なのにそのまま意識を失ってしまった。

 元々消耗していた霊体に、外部からの衝撃を与えられた事で、アンさんは行動不能になった。声も念話も使えないくらいに。

 地面に落ちた霊体を掴もうと、タイプスリーはアンさんが落っこちた場所に手を伸ばしてきた。

 その手を、低空に浮遊したアンナイトが受け止め、受け止めた手を飛翔しながら投げ飛ばす事で、アンさんの霊体の近くから、タイプスリーを引き剥がした。

 タイプスリーは、岩砂漠の地面に吹き飛ばされて、のけぞるような姿勢で地面に体を擦り切らした。でも、手足をバタバタさせて、見る間に起き上がろうとする。

 その時のアンナイトの行動は、操縦者の危険を回避するための、緊急動作だった。それ以上の行動をとるには、権利を持った誰かの命令が必要。

 アンナイトは、念話で問いかけた。

 ――アン・セリスティア。言葉を発する事は出来ますか?

 アンさんからの返事は来ない。

 アンナイトはちらりと、アンさんの霊体のほうを見た。

 アンさんはうつ伏せに岩の大地に転がったまま、指先一つも動く気配はない。そして、暴れ熊と化したタイプスリーは、また手足で這いながら、死に物狂いでアンさんの霊体をめがけて疾走してくる。

 アンナイトは基地に緊急連絡を取った。

「権利代行者が行動不能に陥りました。早急に操縦者の変更と決定を申請します」

 そう通信を送りながら、アンナイトはアンさんの傍らに着地し、翼の部分の神気を拡大して、大きなパワーフィールドを作った。守護の結界とよく似ているものだ。

 その力場を潰すように、タイプスリーが突進してくる。まず、体でぶつかって弾き飛ばされた。それから、少しだけ用心したように、手の平で、何度も何度も半球形の場の天井を叩く。

「フィールドに、外部からの衝撃圧を受けています。長時間『守護』を維持する事は困難……」

 アンナイトがそう通信を送ってる間に、神気体の操縦の方法が変わった。

 急にパワーフィールドが解け、神気体は片手で鞘から剣を抜くと、タイプスリーの手をめがけて真空の刃を飛ばした。

 タイプスリーの指が千切れ、ぼとぼとと地面に落下してくる。

 タイプスリーは痛みを感じたように手を引っ込めた。

 神気体はアンさんの霊体を肩に担ぐと、一番最初に着地した、儀式の中央に来る岩砂漠まで瞬間移動した。

 もう、儀式として其処に来ることは必要ないのだが、アンナイトが記録している位置情報で、最もはっきりと、タイプスリーから距離を取れる場所だったからだ。

 そしてそこには、アンさんが起動した、照射の目印としての陣が、まだ活きている。神気体は目印の陣の中に、アンさんの霊体を横たわらせた。

 神気体の瞳が、朱色を帯びた鮮やかな緋色に染まっている。

「こちら、ガルム・セリスティア。代行者より、操縦の権限を復帰する」と、神気体は声に出して言う。

 その背に生えた翼の部分が、主人が帰ってきたことを喜ぶように、ばさりと空を搔いた。

 ガルムさんは続けて言う。

「アン・セリスティアの霊体は消耗している。彼女の霊体をハウンドエッジ基地に転送。アンナイト、位置情報確認」

 アンナイトは数秒もかけずにその作業と手続きを終え、「情報確認。転送を開始」と応えた。


 アンさんの霊体は、ハウンドエッジ基地の安置室に転送された。その様子は、一見、普通の人間が眠っているだけのように見えたと言う。

 其処に、彼女を迎えに来ていた人達がいた。

 ファルコン清掃局と言う、別の局の補佐や補給などの活動を主にしている清掃局の、局員達だ。

 その中に、金色のウェービーヘアーをポニーテールにした、灰褐色の瞳の女性が居た。フィン・マーヴェルと言う名の、ハンナとは従姉妹関係にある女性だ。

 彼女とその仲間達は、術を組んだ模様を刻んである、棺のような透明な箱を用意して来ていた。

 浮遊の術を使い、まるで、今にも崩れそうなケーキでもすくい上げるように、アンさんの霊体を棺の中に移動させる。

 ロックのかかる蓋が閉められると、透明なはずの箱の中で、アンさんの姿は見えなくなった。

 彼等はその棺を持って、ハウンドエッジ基地から、アプロネア神殿に向かった。

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