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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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23.戦禍と言えるべき

 ヤイロ父さんが術を起動する前後で、龍族達が動き始めた。それと同時期に、明識洛(クオリムファルン)での軍隊による、複製魔獣達との攻防が始まった。

 明識洛(クオリムファルン)のあちこちには彼等の巣穴があり、空間の亀裂を通らなくても、魔獣達は人の住む領域に踏み込める。

 それが、彼等の意思であったのか、それとも演劇を求める者達からの命令だったのかは、死した彼等に聞くしかないだろう。

 だけど、複製魔獣達は霊体も残さず塵に還された。それには、戦争と言うものが急性化する、人間達の知識の向上と技術の向上が一因だ。

 ジークさんが渡した情報の一つ、「邪気と呼ばれる、ある生産的な無秩序エネルギーに関する報告」と言う情報も、技術的な見方としては有効に理解されていた。

 人体に変貌を起こさせ、病に陥れる、邪気と呼ばれる力は、「方向性を持たない自然的なエネルギー」である。つまり、ガスや石油と同じで、方向性を得させれば、唯の凶悪な毒素ではなくなるのだ。

 その方向性を生み出すには、当時の人間達の技術力ではまだ追いつかなかった。だけど、そのエネルギーを「変換する方法」は、ガルムさんとアンナイトのそれまでの働きから、算出する事は出来た。

 当時の人間達が唯一使えた、邪気を変換する方法は、「削除エネルギーへの変換」だけだ。それでも、戦いを凌ぐには有効な力だった。

 軍人達が個人単位で使う事の出来ないその力に対して、レオスカー清掃局とホーククロー清掃局が、「局を上げた一大作戦」として、軍に協力してくれた。

 邪気を削除エネルギーに変換し、固定化した力を、清掃局の術師達がパワードスーツのように身に纏って、蓄積した力が尽きるまで「削除エネルギー」による戦闘を行なう。

 魔獣と、その亡骸が放つ邪気は、自らの霊体を削除するエネルギーに変換され、彼等は根源もなく消滅した。

 故に、魔獣達が何を思って舞台に立ったのかは、知るすべはない。

 

 もし、舞台に立った魔獣達の心を憶測をするのであれば、明識洛(クオリムファルン)の通信を担っていた、ハンナ・マーヴェルの情報が役に立つだろう。

 カーラが帰宅して休息を取り、ハンナに伝言を教えて間もなく、何かの気を察するように、魔獣達が動き始めた。

 短絡的な知能を持つ蝙蝠猿(コウモリザル)や、犬の知能と虫の生命力を持つ犬百足(イヌムカデ)等の他、高知能を持つと知られていた八目蜘蛛(ヤツメグモ)達も、人間の領域に踏み込んだ。

 最初は気づかれないように侵入し、やがては身の振りも考えずに暴れ始めた。

 ハンナの屋敷があった地方都市は、真っ先に彼等の攻撃を受けた。ハンナは通信で人間の軍に合図を出した。

 その地方都市を守る役目を持っていたのは、ガルムさんの所属するハウンドエッジ基地ではない。最寄りはリードサーベル基地と呼ばれる、国の西側を担当する基地だった。

 それでも、連帯する時は基地同士のやっかみなどなく、情報と技術はスムーズに行き渡っていた。

 リードサーベル基地の軍勢は、住民の避難を済ませると、固定化した削除エネルギー――つまり浄化エネルギー――を纏ったレオスカー局員を複数連れて、魔獣達の制圧を開始した。

 他の基地の軍も、ハンナ・マーヴェルを含む、外部術師達からの情報網を足掛かりに、どの地方のどの村が、町が、都市が、どの程度の被害を被っているかの情報を収集して、早急な鎮静化を目指した。

 不思議な事に、魔獣達は「人質」取るのだ。彼等は、町を破壊し、人間を捕獲するが、殺さないのだ。

 父が記録していたカーラの言葉を信じるのであれば、「本気で戦おうとしている魔獣達はほとんどいない」と言うのは、真実だったのだろう。

 人間達からはそうは見えなくても、まだ若く幼い魔獣達は、残忍な戦い方を知らない。知っていても、それを実行する事に意義を見出せていない。

 自分達の意思を伝えるために、一時的に人間を捕獲したと言う形だ。捕獲された人間達は、生きた心地がしなかっただろうが。

 私の利己的な同情心かもしれないが、魔獣達は、混乱こそがあの演劇に必要であると分かっていたのだろう。

 無抵抗のままで一方的に滅ぼされるのであれば、彼等の目を引き付けておくことができない。まだ、その時は「城」の中で、その合戦を見物しているはずの、永劫の者達の視線を。


 やがて、ヤイロ父さんの起動した術が完成し、永劫の者達を封印した方舟は、流転の泉と呼ばれる場所へ旅立った。

 それと同時に、各地の魔獣達は戦意を喪失し――最初から、戦う気などなかったのかも知れないが――、成されるがままに殲滅された。

 夫々の基地の軍人達は有能だった。実際に人間を傷つけていなくても、その可能性のある生き物を野放しにはしなかった。

 どうする事がその時の最善だったのかは、まだ私も分からない。ついさっきまで人間を追い立て、人質を取り、町を破壊していた「会話ができない生物」を、どのように扱う事が最善だったのかなどは。

 彼等に本当の戦意が無い事、全ては永劫の者達の視線を集めるために演じていた芝居なのだと言う事。そんな事を、もし、言葉が通じて、相手に話して聞かせられたとして、誰が信じただろう。

 術が発動し、命令する者が姿を消し、突然無気力になった魔獣達は、面白い標的だっただろうか?

 人伝に、当時の戦況を知った時、私はそのような感想を持った。そして思いなおした。舞台に立たせられ、アドリブを望まれた人間達も、決まった台詞が無いだけの演者だったのだと。


 カーラとハンナは、当時から住んでいた館で、今でも暮している。ハンナは新しいメイドを雇った。

 キーナの記憶と思いを受け取ったカーラは、人が変わったように明るくなったとハンナは言う。

 本人に、「気分が明るい理由」を聞いてみた所、世界が広い事を怯える必要なんてないと、カーラの中のキーナが、常に語り掛けて来るのだそうだ。

 私達は、確かに目で見える双子を失った。だけど、彼女達は私達の意識の中に生きている。記憶を持って、もしかしたら、人格の名残を持って、語り掛けてくる。

 私も、姉の言葉を聞くことが、これからあるかも知れない。それが何時になるのか、何時、彼女の声が必要になる時が来るのか。もしかしたら、そんな時は、来ないほうが良いのだろうか。

 だけど、私はもう一度、私の姉の声を聞きたい。あの、強気で、強情で、自分の妹より、何処かの誰かさんのほうに執心していた、アンバーと名乗っていたあの姉の。

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