22.お別れの言葉
以降、ヤイロ・センドの仕事を引き継いだ者として、サクヤ・センドがこの著述を記す。
永劫の者達が遥か彼方に姿を消したからこそ、私は当時の事を綴れるようになった。
アンバーは神気を大量に放出した影響で、北の地で実体を無くし、その霊的な力と残った神気は、彼女の意識の名残を持ったまま、私の元に戻ってきた。
最後に彼女は言っていた。
「私は最高に幸せ者。もう、私のためのお祈りは、しなくて良いんだよ? だから、一緒に生きて行こう」
自分が個としての意識を失うのに、非常に慈しみ深い言葉を残してくれたものだ。
海の中に作った球状の結界に囲まれ、私は頭と体の中に、アンバーの記憶と力が流れ込んでくるのを感じ取った。
彼女は、私が何時か知りたいと思っていた、彼女達「守護幻覚」しか知らない世界の事を、しっかり伝えてくれた。私は目を瞬いてから、自分の手を見つめて、一人で頷いた。
それと同時期に、乾燥原に居たキーナは、明識洛のカーラの下に、倭仁洛に居たマコトは願祷洛のマナムの所に戻った。
夫々に、主達の意識の中に融合する時、言葉を残してくれたと言う。
乾燥原での消耗戦を生き延びたキーナは、それまでの明るさと饒舌さを無くしたようにもじもじして、「もうちょっと、カーラの妹で居たかったな」とだけ、言っていたそうだ。
カーラは、キーナが自分と融合する時、自分が口走った言葉を教えてくれた。
「『待って。まだ私、貴女をキーナって呼んで無い』そんな事を言ってた」と、照れくさそうにカーラは思い出していた。
カーラが言うには、キーナが実体を持って存在するようになってからも、一度も彼女を名前で呼んだことが無かったのだそうだ。
悔いることがあるとすればそんな事だと、カーラは通信の向こうで呟いていた。
カーラは今、私と一緒に、「城」を護る土地を魔力的に守護する方法を探す仕事してくれている。
私と他の情報屋達が調査した結果を通信で送って、明識洛現地での実働をするのが、カーラの役目だ。
彼女の魔力的可能性は、まだ芽吹いたばかり。毎日、「今日はこんな事が出来るようになった」と、まるで私より年下の女の子みたいに、無邪気なお知らせをくれる。
願祷洛でのマナム達の戦いは、熾烈を極めたそうだ。
イズモ・ロータス氏と、アーニーズと言う人型の魔獣達は、空全面を覆う灰色の蜻蛉を撃ち取って、外からの魔力の呼応が届くのを待っていた。
空は晴れているはずなのに蜻蛉の数がものすごくて、地面に届く日光は雨雲を透かしたようだったと言う。
その戦いの最中で、アーニーズ達は一人、また一人と打ち取られて行った。中には、自分の体を維持するための魔力まで使い切って、自壊した者も居た。
遠くから、その雲を切り払うように、火炎を吐く龍達の姿が見えるようになってきた。
龍族が現れた後、各所で雲間が作り出された。日光が地面に届くようになる。その光と共に力の流動が起こり、マナムの体から神気の柱が上がった。
それにより、永劫の者達を流転の泉に送る方舟は切り離された。
それから間もなく、マナムにはマコトの声が聞こえてきた。
「私の記憶、マナムに任せるからね。私が居なくなっても、しっかりしなさい」
そう言われた通りに、マナムは少しだけべそをかいて、目元を拭ってからは、「今の所、一度も泣いてない」そうだ。
彼は今、イズモ氏の他、混乱の中で一体だけ生き残った青い瞳の「ベス」という名のアーニーズと一緒に暮らしている。
ヤイロ父さんが、どのように術式を可能にしたのかを、遺体の状態と魔力追跡、そしてアンバーの記憶によって知る事が出来た。
父の手には、白紙のメモ用紙が握られていたと、以前の執事が教えてくれて、その白紙をわざわざ手渡してくれた。
調査の結果で分かったことを、順を追って記してみると、こうだ。
ヤイロ父さんは、ジークさん達からの情報を受け取り、鍵になる者達の名前を知った。さっきから私も書いている「永劫の者」と言う呼び方だ。
結界の中で、その名とメッセージを文字に書いてから、読めないようにメモ用紙を細かくちぎった。
次に、その紙片を手にして、術を行なうための部屋に行き、準備を整えてから手の中で、時戻しを使った。
「永久の深みに戻るが良い。永劫の者」と書かれた文字が再生する。
それと同時に、永劫の者達の観察網が父さんを捉えた。呪詛が届く前に、相手の視野を辿って、ヤイロ父さんは術をかけた。
封印を仕込んだ隔離の術を、永劫の者達の居る空間を包むように発生させた。
ヤイロ父さんは、永劫の者からの呪詛で死亡したのだ。呪詛をかけられてからも、時戻しがメモを白紙にする状態まで機能し続けたと言う事は、亡くなる時は少し苦しかったかもしれない。
父が遺してくれた著述と手紙の内容からして、本人は自分が死ぬことが分かっていたのだろう。
そして恐らく、東の大陸を覆う二つのデルタの術の主催者を担っていたのは、ヤイロ父さんなのだ。
東の大陸を覆う戦いが終わってから、一年が経過する。
その間に、あの戦いに関わった、色んな人達から話を聞く事が出来た。それを纏めて、当時の事を、もう一度思い出して記述してみよう。
私の拙い文章力で、どれだけ正確に当時の事を綴れるかは分からない。
だけど、唯の思い出話にしてしまうわけに行かない。私の記したことは、一部の情報屋を通し、国同士の秘密の情報としてやり取りをされるからだ。責任は大きい。




