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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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28.リリスの思惑

 木曜日朝七時

 発電所の中は、大わらわだった。何を騒いでいるのかと言うと、引っ越しのためだ。

 記号の名前を持つ人間達は必要な物資をコンテナの中に運び、人間の崩れたような姿をしている者達と、粘液の姿を持つ者達は、暗い空間の中に少しずつ移動していた。

 気体の姿をした、炎に憑りついている者達は、火種だけを移動させ、大部分は見捨てられる事になった。

 部屋の外の騒がしさが気になったエムツーは、外に出てみようかと思ったが、サブターナが「だめだよ」と声をかけた。

「リヤ達が来るまで、待ってなきゃ」

「うん。だけど、なんか変だよ」と、エムツーは文句を言う。「外には、エデンがあるはずなんでしょ? なのに、なんで僕達は別の場所に移動しなきゃならないの?」

「リヤに言われたじゃない」と、サブターナは大人しく椅子に座ったまま答える。

「外のエデンは古い人類達の手で壊されたんだって。みんな、安全な場所に移動するために一生懸命になってるの。私達は、準備ができるまで待たなきゃ」

 そう二人が話していると、部屋の外の喧騒に混ざってコツコツと言う足音が近づいてきて、教育係の魔神が、部屋を訪れた。

「エムツー。サブターナ。あなた達も移動する時間よ。一緒に行きましょう」

 そう言って、教育係は手を差し出し、片手にエムツーの手を握った。

 サブターナは椅子から降り、半獣の姿をした魔神の後を付いて行く。

 子供達は、騒がしい部屋の外の世界を見た。細長い通路を、ひっきりなしに誰かや何かが通っている。

 エムツーは天井を走る配管やダクトに絡まる霊体を見上げ、サブターナは視線を伏せて、先を歩く教育係の足元を見ている。

「リヤから、説明は受けてるわね?」と、教育係は聞いてきた。エムツーは「うん」と声を出して答え、サブターナも、「聞いてる」と言ってから、魔神と視線を合わせて頷いた。

 教育係は、リヤ――リリス――が話した事をもう一度子供達に説明した。

 外に在ったエデンは古い人類によって破壊されてしまい、新たに準備をして、もう一度新しいエデンを作る事になった。

 エムツーとサブターナにより強い力を与えるための、正式な教育と儀式が行なえる場所を探し出してある。

 エムツーとサブターナは、焦る必要はない。ゆっくり体を成長させて、毎日しっかり学習をし、良き「人類の祖」となるために、少なくとも十年の年月をかける事。

「オリジナルのアダム達は、どうなったの?」と、エムツーは尋ねた。

 教育係は答える。

「古い人類に取り込まれたわ。もう、アダムは、自分がアダムだと言う事も分からないくらいに、知能も退化してしまった。イブは、体を失ってしまった。もう、人類の祖には成れない」

「そっか」と、気軽に答えて、エムツーは教育係の腕を引っ張るように体重をかけて、体をぐらぐらさせてみせた。「結果的には、良かったのかな」

「何が?」と、サブターナは不謹慎だと言いたげだ。

「僕達は、あの部屋だけのアダムとイブじゃなくなったじゃないか。僕達は、外の世界に出かけて、世界を作る事が出来るんだよ? それって、すごい事だろ?」

 そう言って、エムツーは浮かれふざけて歩こうとしない。

 教育係は、「時間が無いの。ちゃんと歩いて」と、エムツーに厳しい声をかけた。

「そうだよ。急がないと、古い人類達に殺されちゃうかもしれないんだから」と、サブターナはエムツーを叱る。

「なんで?」と、エムツーはきょとんとしている。

 サブターナは苛立たし気に返す。

「古い人類が、『魔神達の生きれるエデン』を嫌ってるのは分かってるでしょ? 私達は、『魔神達を守れるエデン』を作るんだから。見つかったら、古い人類は私達を滅ぼそうとするに決まってるでしょ?」

「『みんな』が、そんなに簡単に殺されるわけないじゃないか」

 エムツーはそう言って、「みんな」に守られている自分達は絶対的に安全だと思い込んでいる。

 それは全て、魔神達の教育した通りの知識によるものだった。

 教育係は説く。

「そうね。『みんな』は、あなた達を守らずに滅んだりしないわ。安心しなさい。でも、万全を期することは重要なの。そのためにも、新しい土地へ行く必要があるのよ」

 そう諭され、サブターナは「はい」と返事をし、口をつぐんだ。

「やっぱり」と、エムツーは調子に乗る。「ほぅら。僕達が移動しなきゃならいのだって、『万全のため』なんだから、絶対大丈夫だよ」

 更に体をぐらぐらさせて甘えるエムツーに手を焼きながら、教育係は、自分達の身の安全を考えるサブターナの知能の発達を危ぶんでいた。

 余計なことに気付かなければ良いが。

 例えば、エム・カルバンから摘出した、「大天使」の融合した魂と、彼の体を作っていた邪気の行き渡った細胞が存在すれば、エムツーやサブターナのようなコピーは、幾らでも作れるのだと言う事を。


 木曜日朝七時三十分

 遠くから、多数の「力を持った古い人類達」が集まってくるのを、発電所に居たの魔神達は気づいていた。

 あまりにふざけすぎて歩くのを嫌がるので、エムツーは教育係に抱え上げられ、サブターナは大人しく従って、発電所の一画にある暗い場所に行った。

 通路のドアは開けてあって、窓からは日射しが入っているはずなのに、その空間は夜のように暗い。その空間に入ったエムツーとサブターナは、「明かりはないの?」と、隣にいるはずの教育係に尋ねた。

 人間の子供が持っている「闇を怖がる」と言う性質のために、彼等には明かりひとつない環境が恐ろしかった。

「大丈夫よ」と、リヤの声がした。「これから、新しい土地と家に引っ越しますからね。今までより、快適に暮らして行けるはずよ?」

「この建物は、『家』じゃないの?」と、エムツーはリヤに聞く。

 リヤは答える。「ええ。此処は、施設って言う建物なの。新しい『家』に行ったら、色んな部屋と家具があって、好きな時に水を飲んで、好きな時に食事が食べれるの。

 今までいた部屋より、ずっと広いから、走り回る事だってできるわ。そうね。二人だけで寂しかったら、何かペットを飼っても良いわね。あなた達は、動物を見た事があるでしょ?」

「うん」と、エムツーは元気に答え、リヤの腕に甘える。「写真でいっぱい観た。なんて言う名前にするかは、今考えてる」

 リヤはにっこりを微笑み、「貴女は、将来世界の全てに名を付ける者ですからね。例えば、毛むくじゃらの生き物と、鱗を持った生き物だったら、どっちが良い?」と問い重ねる。

「毛むくじゃらのほうが可愛い」と、サブターナも意見した。

「鱗が生えてるほうがカッコイイ」と、エムツーは反対する。

「じゃぁ、サブターナは毛むくじゃらの生き物、エムツーは鱗の生えた生き物を飼いなさい。生き物の世話を看る事も、『創世』の一環よ?」

 そうリヤに言い聞かされ、二人は口元をにっこりさせると、顔を見合わせて頷いた。

 これから、とても楽しい生活が待って居る。今まで居た部屋の中より、広くて自由で、自分達以外の相棒の居る生活だ。

 子供達はそう信じ、リヤに手を引かれて闇の深くに歩いて行った。

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