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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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21.封じられた方舟

 以下、後に記載されることになる、サクヤ・センドの記述。


 ずぼずぼと砂に埋まりながら、巨大な赤ん坊、エニーズタイプスリーは砂砂漠を歩く。とっても美味しいはずのご飯である、あの青い瞳をした白い髪の霊体は、指先を掠めるだけでちっとも捕まらない。

 タイプスリーに癇癪と言う能力が備わっていたら、暴れながら大声で泣き叫んでいただろう。だが、そうした所で餌が捕まるわけでもない。

 タイプスリーを守っていた別の複数の個体は、ご飯であるはずの霊体がボロボロに壊してしまった。数名、傷の無い状態で残っていた者達も、いつの間にか居なくなった。

 美味しいものが食べたい。いや、美味しいものを食べなくてはならない。そう、頭の中では何かが言っている。

 それは外部から送られてくる指令や命令だったが、タイプスリーはその影響を認識できない。唯ひたすら、目の前を泳ぐ「絶対に美味しいもの」を食べるために前進していた。

 しばらく砂に埋もれながら進んでいたが、また足元がしっかりし始めた。後脚で歩く事を覚えたタイプスリーは、岩砂漠に差し掛かる所で、グイッと体を持ち上げた。

 それによって、ちょっとだけ「美味しいもの」の尻尾に触れる事が出来た。美味しいものは、ビックリしたように移動スピードを上げて逃げた。

 そうなのだ。目の前を飛ぶ美味しいもものは、ふさふさの尻尾があるのだ。その尻尾は取り外し可能なようで、美味しいものが空を飛ぶ時だけ出てきた。

 それは箒と呼ばれるものである事も、タイプスリーは知らない。

 食べたいな。食べたいな。

 その衝動だけが、タイプスリーを動かしていた。


 ユニソームは、もう少しタイプスリーの頭をよくしておけば良かったと悔いていた。

 本来、細かい指令は、朱緋色の瞳を持つアーニーズが行なうはずだったのだが、アンさんの猛攻撃で数を減らされたアーニーズは、後の操作によりエニーズを保護する対象と見なさなくなった。

 エニーズの原形は、ノスラウ王から採取した血液による。

 頭の中に強い妄念と、その妄念に起因する狂ったような食欲を持っているノスラウ王は、兵器の原形としてはとても理想的だった。

 頭が単純で、力は強い。そう言う者を操るには、入力を少しいじってやればよい。

「自分を殺して権力の座を奪う神々」の部分を「生物の霊体と言う美味しい物」に変えただけで、エニーズタイプスリーは「霊体を食べたい」と思うようになった。

 しかし、それを食べないと「怖い」と言う妄念も引き継いでしまった。なので、製造所でタイプスリーを作っている間は、何匹か魔神が体を潰されて霊体を食われた。

 せめて、もう少し頭が良ければ飼いならす事も出来ただろうが、「霊体は美味しい」「霊体を食べないと怖い」の二つの本能で動いている魔獣は、味方に引き入れておくには厄介だ。

 観察室に戻って来ていたカウサールが言う。

「泣き止ます母親がいない駄々っ子の面倒は大変だな」

 ユニソームはそれを聞いて答える。

「出来れば、活劇の後に、タイプスリーが破壊されるシナリオも考えている」と。


 ユニソーム達が大陸中央部のタイプスリーばかり見ている間、バニアリーモは気づいた。

 大陸の各地で、龍族が動き始めた。北の地で戦っている巨大な龍族が要る事は知っていたが、それは毎年の恒例行事の様なものなので、ほとんど見ないで放っておいた。

 しかし、バニアリーモの余裕を計算していたかのように、各地の龍族達が、「複製魔獣」に対しての攻撃を始めたのだ。その事態を認識するとほぼ同時に、ある目玉が「それ」を見た。

「同胞達よ!」と、バニアリーモはユニソームとカウサールに声をかけた。ユニソーム達は、頭の周りで目玉を九十度回転させる。

 その瞬間、三体のゲル状の生き物は、落として潰れたゼリーのように、空間の床に潰れ、飛沫を散らした。


 大陸六ケ所の力の柱を軸に、術は起動した。

 透明な魔力の壁と言う風な隔離の術が、「城」の中の観察室であった空間を包み、内部の魔力圧を上げながら縮小し、別の空間に移動した。

 その術は、行動する事も思考する事も封じられた三体の永劫の者達を、流転の泉の深みに運んで行く。

 六ケ所の場に居た、守護幻覚と(あるじ)達は、自分達の体から、煙が立ち上るように神気が吸い取られて行くのを感じた。


 私の体中に群がるようになった蛸は、神気の放出で引き剥がされ、驚いたようにまだ開いていた「入り口」へ飛び込んで行った。

 生命維持のための結界の中で、私は大きく息を吐いた。身を護るなら守護の結界を張っておけばよかっただろうが、それでは神気の刃を放てない。

 呼吸を塞がれかけていた私は、酸素を求める喉の、おかしな動きにむせて、喉を押さえた。数回、深呼吸を繰り返すと、何かを吐き出すようにおかしな動きをしていた喉は正常になった。

 私達……三人の守護幻覚と、三人の(あるじ)達は、空を見つめた。封じられた空間が、引力を受け付けないエネルギーと速度で、何処かに運ばれて行くのを、霊的な視力で感じ取った。

 渦中にあった大きな戦いは、永劫の者が望んだ活劇の勝利を演じないまま、幕を引いた。


 後に地上に残った、話を聞く知能もないとされた複製魔獣達は、龍族の参戦と、空間の亀裂が完全に閉じた事で、瞬く間に処分されて行った。

 そして私、サクヤ・センドは、双子の姉を失い、父も亡くした。

 もう八十代を迎えていた執事は、クローゼットの隠し扉の中にあった父の亡骸を見つけ出し、私が屋敷に帰る前に、その葬儀を終わらせていた。

 私には、父の遺した仕事と資産と屋敷、父の記した数々の文字と、一枚のメモ用紙が残された。

 執事は、自分の孫だと言う青年に屋敷の仕事を任せると、最後まで胸を張り、背筋を伸ばして、屋敷を後にした。

 庭の整地された道の端を静かに歩き、使用人用の門の前でくるりとこちらに向きなおると、屋敷の扉の前に居る私に向かって、最後の礼をした。

 仕える者として律する事を心がける、美しく洗練されたその所作は、戦場を後にする勇士のようだった。

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