16.それが寸劇と言うもの
岩砂漠の夜は、冷たい風が吹いている。空には満天の星が輝き、地面には血なまぐさい遺骸と血の池が広がっている。
守護者であるアーニーズを失ったエニーズ・タイプスリーは、自由気ままに……食べたい物を食べていた。
本来の狙いである、アンの霊体とガルムの神気体が何処かに隠れてしまったので、岩砂漠の中に居る大きな生き物を殺しては、その死骸から立ち上ってくる霊体を捕食している。
恐らく、魔神達が仕向けて来て居るであろう、魔獣と思しきものも、タイプスリーの捕食対象になった。
タイプスリーは、命のあるそれらを見つけては、手を叩きつけるようにブチッと潰す。そしてつぶした遺骸を、引っ張ったり千切ったりして遊んだ後、霊体を食べる。
アン達を追いかけて来て見失ったあたりから、ずっとそこに留まって餌を食べ続ているタイプスリーの周りは、赤紫色に成っている血だまりがたくさんあった。
「おお。スプラッタ」と、岩山の遺跡のような場所に逃げ込んだアンは、岩陰に潜んで殺戮現場を見下ろしながら呟く。
そのアンの向かい側には、ガルムの神気体があるが、瞳が他の部分と同じ真っ白になっており、内部の操縦者が存在しないことを示している。
「権利代行者。魔力認証を」と、瞳の色を無くしたガルムの神気体から、アンナイトの声がする。神気体の左手を上げ、「神気体と手の平を合わせて下さい」と言う。
「はいはい」と返事をして、アンは神気体に向けて右手を合わせる。
「接触魔力波入力中。入力完了。操縦者をガルム・セリスティアから変更します。あなたの名前は?」
「アン・セリスティア」
「声紋記録中。記録完了。接触魔力波と音声魔力波の同調性を確認。操縦者をアン・セリスティアに変更。本機はリモートモードで機能しています。念話、もしくは音声による指示をお願いします」
「はい。分かった。それじゃぁ、右手上げて」
言われた通りに、神気体を操るアンナイトは右手を上げさせる。
「左手上げて。右手上げないで左手下げない」
そう言うと、神気体はぴったり動作を合わせてきた。
「パーフェクト。よろしくね、アンナイト」と、アンは上機嫌で、上げられたままの左手と手を握る。
「不服ながらアンナイトと名乗っておりますが」と、神気体は勝手に喋り始める。「神気体の中で、純粋な『アンナイト』の機能部分は、神気体の背に生えている両翼のみです」
「へー。じゃぁ、ガルム君の形をしている部分は、今は空っぽなの?」
「いいえ。ガルム・セリスティアの操縦記録から、神気の起こす現象を引き継いであります。記録内のデータを反映する事で霊的作用、魔力的作用、物質的作用の三つは行えます」
「ガルム君が何で気分悪くなっちゃったかは分かる?」
「神気体が、生体反応を反映できない状態に陥ったからです。操縦者の生命反応と神気体の間に、葛藤が生まれました」
「ふーん。吐きそうになっちゃったら、神気体では表現できないからか」
「そのようですね」
「アンナイトは、女性なの?」
「何故そう思いますか?」
「声質が女性の声だから」
「ガルム・セリスティアの実年齢から、高周波率の音声が聞き取りやすいと判断した、結果の音声です」
「割と気を利かしてくれてるんだね」
「そうなります。しかし、アン・セリスティア」
「何?」
「タイプスリーに気づかれました。対象がこちらに近づいて来ています」
それを聞いて、アンは真剣な顔と声で、改めて相棒を呼んだ。
「アンナイト」
「はい」
「一緒に逃げよう!」
「了解しました」
休憩室でタオルガウンを着て、シナモン入りのコーヒーを飲みながら、アンとアンナイトのやり取りをアナウンススピーカーで聞いていたガルムは、思わず気道のほうに液体を吸い込みかけて、むせた。
神気体に反映できない生体反応について、深く追及されなかったのは良かったが、声だけ聴いてるとアンとアンナイトが、恋の逃避行へ向かう様子が想像されたのだ。
俺が操縦してる時に言われなくて良かった。
ガルムはそう考えつつ、複合意識がない状態のあの姉は、中々に物凄いボケっぷりを発揮するのだなと認識した。
サンドウィッチの作り方も覚えられない、複雑な思考回路をしていたらしいしな……。名残くらい残るか。
そんな事を思っていると、休憩室にノックスが入ってきた。
「おい。これ、頼まれたやつ」と言って、寝ぼけ顔のノックスは、引っ掴んできたと言う様子の、ぐちゃっとした軍服の塊を渡してくる。
「どーも」と言って、ガルムは着替えを受け取る。
「お前、ありがとうって言えないタイプ?」と、ノックスは苦虫顔をする。
「畳んだ状態で持って来てくれてたら、言ってた」
「贅沢言うな。起こされたほうの身に成れ」
「よく眠れるよ。基地全体が緊張状態なのに」
「実働がない時の仮眠は必須。眠るのも仕事」
「はいはい」と言いながら、ガルムは着替えるために部屋の一角のカーテンの向こうに移動した。
「で、操縦中に吐いたってホントか?」と、ノックス。
「何処でそんな話を聞くんだよ」
「いや、伝言の伝言で、ガルムがゲロったから着替え取って来いって聞いたのよ」
それを聞いて、ガルムは目を閉じて眉間にしわを寄せ、溜息を吐く。
「伝言の伝言……。まぁ、服が届いたから別に良いけど」
「結果オーライなのな」
「でも、なんで下着が支給品のじゃないんだ?」と言って、ガルムはガウンの胸を開きながら、服の塊の中から出て来た赤と黄色の、カラフルなタンクトップとそれとセットのトランクスを嫌そうに見ている。
「ああ。俺からの昇進祝い」
「すっげぇ、お前のセンスを疑う」
「えー? 赤い衣服って、精力上げるんだぜ。俺等ってバイタリティ必要じゃん」
ガルムはしばらく沈黙し、視線を彷徨わせてから呟いた。
「これ以上、精力は要らんわ」
「何か言ったか?」と、ノックスは面白そうにニヤニヤしながら聞き返す。
「知るか!」と、腹を立てながら、ガルムは赤地に黄色い星マークが飛んでいる下着を身につけ、速攻で軍服を着こんだ。




