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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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15.慈雨と少年

 滝のような雨が降っている。空に雲が集まり、雷を伴うスコールが降っている。

 少年は、大地に倒れている少女の肩に手をかけ、彼女を見守っていた。

 一度、遠くにある、精霊の樹と呼ばれる巨木達のほうを見て、人間にそうするように頷いて見せた。

 ――大丈夫。見つけたよ。

 少年は、そう、樹木に向けて心の声を送る。

 ――君達の言った通りだった。

 渇きを癒せる水が必要になる。そう教えてくれた木々達の「声」は、真実だった。

 少年は、少女の肩にかけた手から、彼女にエネルギーを送っている。

 少年の力だけではない。見渡せる限りの広い平原の中にある、様々な植物から集めた力だ。まるで、それはある種の神気のようだった。

 雲を透かす太陽の光は減退しつつある。夕暮れが近い。

 少女は意識を取り戻したが、瞼を開ける力も残っていなかった。

 ――誰?

 そう、弱弱しい念話を送ってくる。少年も念話で答えた。

 ――僕は、そうだな……チャーリーって呼んで。

 ――チャーリー。私、どうなってるの?

 ――すごく神気体が疲労しちゃってたんだ。もう少しで、消滅しそうなくらい。でも、安心して。僕達の力でも、時間をかければ治せるから。

 ――私、急がなきゃならいんだ。

 ――ううん。大丈夫。今は休んでても問題ない。ハンナ達も、もうすぐ連絡をくれると思う。

 ――ハンナを知ってるの?

 ――うん。向こうも、復旧作業に手間がかかってたみたいだ。

 ――やっぱり、術が阻害されてたんだね。

 ――そうだね。人間の作ったネットワークは、知られやすいから。

 ――チャーリー。

 ――なあに?

 ――ありがとう。

 その言葉を聞いて、少年は顔を笑ませた。

 ――僕も、ありがとうを言わなきゃ。

 ――なんで?

 ――ずっと、カーラを守ってくれてたでしょ?

 ――うん。ちょっとはね。でも、色々頑張っても、まだ、仲良しには成れてない。

 ――何時か分かってくれるよ。

 ――だと良いな。

 ――もうお喋りはしないほうが良い。もう少し眠りなよ。

 ――そうする。

 そう言って、少女の意識は再び眠りに就いた。


 医者に一日間の休養を命じられていたマナムは、宵の入りにようやく退院する事が出来た。

 イズモと、朱緋色の瞳を持つ白い髪のワンピース姿の女性が一人、退院したマナムを迎えに行った。

「この人は誰ですか?」と、マナムは聞いた。確か、自分が意識を覚ました時にも、イズモと一緒に居た人のような気がする。

「名前はエリー。彼女と、彼女の姉妹達が、君の復帰を助けてくれるって」と、イズモは言う。

「よろしくお願いします」と、丁寧にマナムは頭を下げた。マコトが近くに居ないので、自分がしっかりしなきゃと思っているのだろう。

「よろしく、マナム」

 そう声をかけて、エリーは保護者の方を向く。

「姉妹達の調査によると、天空の高い位置を魔獣の群れが覆っています。このままでは、外部からこの国への術を通す事が出来ません。早急に、『扉』と魔獣の削除を」

「分かった」

 イズモは短く答え、マナムの視線に合わせるように身を屈ませる。

「良いかい、マナム。よく聞くんだ。以前のように、『一匹も逃がさない』つもりでぶつかって行く必要はない。どれだけ疲れなくても、囲まれたらどうしようもないからね。

 マナムは、異界の扉を閉ざして、それ以上魔獣がこの土地に入って来ないようにしてくれ。今、上空に居る魔獣達は、私とエリー達が何とかする」

 その言葉を聞いて、マナムは反省すると同時に、戦いの意思を決め、頷いた。


 バチバチバチバチと、火花の散る音を立てて、ハンナの屋敷を覆っていた結界が発光している。

 まるでそこに居るのが当たり前のように取りついていた蝙蝠猿(コウモリザル)達も、電気ショックのようなエネルギーを浴びて、驚いたように結界から飛びのく。

 だが、長時間の絶望を味わわされたハンナの恨みは深い。彼女は、魔獣に対して追加の攻撃を送った。雷撃のような閃光が、結界内部から蝙蝠猿を射抜く。

 体中が焼け爛れた魔獣は、ぼとりぼとりと地面に落ち、塵と化して消滅した。

 逆探知が成功してから、敵の持っている「マーヴェル家」の魔力組成情報を削除し、別の情報に書き換えた。それから、ハンナのものと同じ魔力を使っていた「彼等」を発見できた。

 根城を知るまで、もっと演算に時間がかかるはずだったのだが、其処をショートカット出来たのは大きい。

 蝙蝠猿を始末してから、ハンナは通信の術式を組みなおした。

 異空間に行ってしまったカーラも心配だが、何より最初の情報を与えた以外、全くサポートの出来ていなかったキーナのほうが気がかりだ。

 あの頑張り屋さんの事だから、一人で無茶をしている可能性がある。

 元気で明るい妹なんて、全力で演じなくても良いのに……と、ハンナは思った。

 思ってから、キーナの努力を演技だなんて言うのは、彼女に失礼だと思い直した。


 水晶版に、キーナが居るはずの乾燥原が映る。向こうもまだ夕方のはずだが、思ったより空が暗い。雨が降っているらしい。

 キーナの持っている力の波を追うと、地面に倒れたまま眠っている彼女と、その肩に手を置いて力を送っている何かの霊体が見えた。

 ――見つけてくれたね。

 その霊体は、ハンナにも聞き覚えのある念話を送ってくる。

 植物のネットワークを介して伝えてくる、特殊な念話だ。

 ――後の事は、任せて良いかな?

 ハンナは、情報を取得している画面に置いた手が震えてきた。

 息を吐き、数回大きく瞬きをしてから、通信越しに念話を返した。

 ――任せておいて。ありがとう、ジェームス。

 ――どういたしまして。

 そう答えて、少年の霊体は姿を消した。

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