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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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14.耐えゆく命

 やがて、看護師達は患者に入院着を着せつけてから病室を去り、窓のカーテンを開けて行った。通りすがる時、長椅子に居たリヤに「どうぞ」と声をかけた。

 夢のような展開は望めないのか。リヤはそう思いながら、傍らに置いていた花束を手に取り、再び病室に入った。

 アン・セリスティアの肉体は、霊体よりも少し瘦せているが、丁寧に扱われているらしく、身綺麗で、その中に霊体が無いなどと想像もできなかった。

 死んでいるような状態なのに、生きているのね。

 リヤはそう考えて、彼女を不思議な「人間」だと思った。唯の人間が、そこまで強い生命力を持てるものだろうか。

 それから、「私は、貴女を、とても愛しているのかもしれない」と呟いた。「それでも、従うしかないの。私達の『エデン』のために」

 そう言って、花束の中から、鋭い刃を持ったナイフを取り出した。

「さようなら。アン・セリスティア」

 そう唱えて、刃を標的の胸の上にかざした時、奇跡は起こった。

 窓硝子に小さな穴が開き、リヤの背から胸を、術を込めた弾丸が貫く。紫色の血液が、折角拭いてもらったばかりのアンの体と頬に、少しかかった。

 リヤの体を貫通した弾丸は、向かい側の壁の斜め下にぶつかり、傷を残した。

 ああ、やっぱりだ。

 リヤは少し微笑み、折れそうになる膝を踏みとどまり、流血している自分の胸に手を当てる。

 やはり、この娘は、守られていた。

 アンを見つめるリヤの目に、涙が浮かんだ。

 私は、それを知れただけで良い。使い捨ての道化役なら、山のようにいる。さぁ、ユニソーム。この情報を得て、あなた達は次にどんな手を打つかしら。

 床に頽れたリヤは、そう思いながら脱力した。紫色の血液が、彼女の周りで血だまりを作った。


「コードネーム・リリスの処分を完了。遺体が残るかを確認せよ」と、通信の中でアヤメは指示を出した。彼女はビルの一角から、アンの入院している病室を、スコープでずっと観察していたのだ。

 看護師達にも、常に病室のカーテンは開けておくように指示してある。閉まっていても魔力を観察する事は出来るが、念のために。

 病院に潜入してた私服の三名の軍人達が、アンの病室に「自然に見えるように」入室する。

 彼等は、リヤの亡骸が服と靴を残して塵と化し、蒸発するのを見た。

「リリスは消滅した。床と、アン・セリスティアの皮膚と衣服に、リリスの血液が残っている。採取し、アプロネア神殿に回す」と、一人の隊員が言う。

 残り二人は、早速血液を採取する作業に取り掛かっていた。

「了解」

 そう応答し、アヤメは息を吐く間もなく、潜んでいた場所からの撤退準備を始めた。弾丸の起動から、居場所を算出される前に移動しなければならない。

 いつか来るはずだと思っていた刺客が実際に来た。これで、相手の方針も何か変化が起こるはずだが。

 恐らく、遠隔からの狙撃を警戒するようには成るだろう。だとしたら、今後はアンの周りに常に誰かを潜ませる必要があるか。病院が戦場にならない方法で。

 そう考えながら、上官達に報告する内容を頭の中でまとめた。


 大陸南西部、乾燥原での事。

 翌朝を迎えたキーナは、村の人々に悪影響を起こしていた「異界の入り口」を封じるため、サポートもないまま単身で原野を飛び回っていた。

 清浄化の能力を手に入れたキーナは、邪気の漂ってくる方向を見定めて、術が届く範囲まで飛翔しながら接近し、邪気が生み出す生物を回避しながら、その元を断つ。

 空間の中に残った邪気は、清浄化の力で消滅させることが出来た。

 しかし、キーナは知らなかった。彼女の使える能力は、邪気を削除するタイプの浄化能力ではない。

 対象者や物に自分の魔力を送りこむことで、自分にとっての「清浄な状態」を作り出す能力だ。その力を扱うには、空間を密に覆う厖大なエネルギーが要る。

 そのため、キーナは清浄化の術を使うようになってから、ひどい疲労に襲われていた。彼女の(あるじ)である、カーラが異空間へ行ってしまったことも原因の一つだ。

 カーラから送られてくるはずの神気の補給が無いまま、術を扱い続けて数時間。

 急に、天と地がひっくり返った。頭と肩に痛みを感じて、ゆっくり目を開ける。視界に、真横になった地面が見えた。空から落っこちた事を察した。

 ああ、疲れちゃったな。

 キーナは倒れ込んだまま考えた。

 ハンナとカーラはどうしてるんだろう。なんで私、こんな所で一人ぼっちになってるんだろう。

 そう考えてから、ダメだダメだと自分に言い聞かせた。

 痛む頭を押さえながら、地面の上に身を起こす。

 キーナにとって、カーラと一緒に居るのは「当たり前」だった。ハチドリ機に含まれていた邪気の影響で、ずっと実体を持てずに居たが、彼女としてはずっとカーラに付き添い、()を見守ってきたのだ。

 だが、カーラは何となく、キーナを怖がっている。その事は、キーナも承知していた。

 キーナはフラフラする頭を振るってから、何度も深く呼吸し、どうにか身体を回復させようと試みた。

 カーラが私を認めてくれるまで、頑張るって決めたんだ。

 そう心構えを整えても、飛翔できる分のエネルギーは戻ってこない。

 地面に膝を立て、片足をつき、立ち上がる。それだけで、喉の奥から吐息が漏れた。息を通す喉が渇き、痛みを発する。

 水……と、キーナは思い浮かべる。水は、無いかな……。

 草と低木が広がり、遠くに高い樹木が立ち並んでいる乾燥原を見回し、何処かに泥の池でも良いから存在しないかを探した。見渡せる位置に、水場はない。

 少しずつ進める歩も、膝が震える。回復を得ずに使える力は、残り少ない。天頂に登った日差しは、容赦なく少女の体力を削って行く。キーナの体から、プラズマ体の保護が消える。

 しばらくは立ち止まって居られたが、やがて膝から力が抜け、ドサッと音を立てて土の上に座り込んだ。

「誰か……」と、キーナは太陽に炙られながら、呟く。「助けてよ……」

 キーナは目の前の風景が歪むのを意識しながら、静かに目を閉じた。

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