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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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12.つないだ両手

 空の光が減退し、海の中はとっぷりと闇に閉ざされていた。

 結界を纏った状態で、その中から飛翔してきたサクヤは、光魔球を操り、球形の結界に纏いついた雫が切れてから、近くの島に避難した。

 巨大な蛸がどんどん出て来ていた、「異界の入り口」を塞ぐことに成功したのだ。一つは海中に浮遊し、一つは砂底の凹みのように見え、一つは深海の底に開いていた。

 ジークが言っていた通り、結界の中の酸素が無くなる事も無かったし、体力が無くなる事も無かったが、緊張から息が上がるのは抑えられなかった。

 海の中で、縦横無尽に泳ぎ回る蛸達は、過密が故に互いにぶつかり合ったりしていて、海の上空で「敢えて近づかなければならなかった時」よりも、避けるのは簡単だった。

 距離を測りながら、自分達の方からサクヤに向かってくる蛸達の、脚や頭を神気の刃で切り取れば良いのだ。

 そんなこんなで、何とか場は守り切った。

 光魔球を消し、サクヤは砂浜に寝転んだ。月はとっくに沈んでいる。おまけに空には黒い雲が流れている。

 ササヤはどうしてるだろう。

 そう思って、サクヤは目を閉じた。

 あの子、なんで、アンバーって名乗るのを気に入っちゃったのかな。まぁ、響きはカッコイイけどさ。友達がつけてくれた名前だからって言ってたっけ。

 あんなおとーさんや、おかーさんなんかの付けた名前より、友達の付けてくれた名前のほうが良いよね。私にも、名前を付けてくれる友達が居たら良かった。

 ヤイロ父さんは、私の名前が好きだって言ってたけど、なんでだっけ。あ、そうそう。「朔夜」って言う当て字が綺麗だって言ってたな。

 月齢を重んじる地方では、朔夜は一日目の事。新月の夜空が見える日。真っ暗な空が、そんなに綺麗なものかなぁ?

 そう思って、サクヤはうっすらと目を開けた。雲が晴れ、目が闇に慣れてきたので、ひどく明るい星空が見える。都会では絶対に見られないような、自分では光らない小さな星まで。

「綺麗……」

 そう呟いて、サクヤはぼんやりと片手を夜空に向けた。


 途端に、頭の中に砂音が聞こえてきた。つい数時間前まで、うるさく指示を飛ばしてきていた声が聞こえる。

 ――サクヤお嬢ちゃん。休憩中か?

 ――ジークさん……だよね?

 ――ああ。海の中はどうだった?

 ――三ヶ所、大きな「入り口」があった。全部塞いで、蛸も大体やっつけた。お化けじゃない蛸以外は。

 ――やるじゃん。初戦にしては上出来。

 ――何? 大怪我してピーピー言ってたほうが良かった?

 ――いや。こっちも大忙しでね。そこで、ちょっとしたお知らせだ。

 そう言ってから、ジークはこう告げた。

 ――ササヤが苦戦中だ。補助してやれる余力はあるか?

 それを聞いて、サクヤは砂浜からがばっと起き上がった。

 ――北に居るんだよね? 助けに行けって事?

 ――いや、お前はその土地を動くな。

 補助しろと言ったり、動くなと言ったり、ジークの指示の意味が分からない。

 ジークはマイペースに続ける。

 ――遠方に居たササヤから、助力を願われた事は、過去になかったか?

 ――分かんない。

 ――よく思い出してみろ。夢の中でも、無意識の中でも、なんかあったはずだぞ。

 ――夢の中と無意識の中を、どうやって思い出すの?

 ――屁理屈言うな。とにかく、その時と同じように、ササヤに力を分けてやれ。お前が(あるじ)なんだからな。

 どっちが屁理屈だと思いながら、サクヤは考えた。

 ササヤが力を必要としているなら、確かに助けたい。この土地を動かないまま、ササヤを助ける方法は……と考えて、ヤイロから聞いた事を思い出した。

 ササヤとサクヤの力は同等。しかし少し種類が違う。サクヤの力は、ササヤを作り出すことに注がれている。

 ササヤが、私の分身なんだったら、私の力が、今でもササヤに注がれているんだったら……そう思って、両手を合わせて、祈るように握りしめた。

 もう一度目を閉じ、心の中で念じた。「私に力を。ササヤを、あの子を……私達を、救うための力を」

 サクヤの体を覆っていた羽根が、ぞわぞわと増殖するように動き出す。星の光が、雨のように月色の鎧に降り注いだ。閉じたままの目の前に、自分のものとよく似た、羽根を纏っていない片手が伸ばされる。

 ――ササヤ。ううん、アンバー。

 サクヤは念じながら、ゆっくりと握りしめた両手を解き、差し出された手を両手で包み込んだ。

 ――受け取って。

 つながれた手の中で、瞬間的な発光を伴う、神気の伝達が行なわれた。

 

 凍り付いたドレスのようなアンバーの鎧が、急激に密度を増した。ドレスの上に胸当てと肩と腕を守る装甲が付き、氷のロングブーツを履いていたような脚にも、膝と脛を守る装甲が発生する。

 長時間の戦闘で疲弊していた体に神気が追加され、体の周りを白い冷気が波のように包んだ。

「ガーネット!」と、アンバーは龍を呼ぶ。盾を備えているほうの手を、地面に向けながら。「火炎を!」

 察しも良く、白い龍は魔力を込めて深く息を吸い込むと、赤ではなく青い炎を宿した吐息を、凍れる大地一面に解き放った。

 その火力の流れに、アンバーの神気が追加される。神気を纏った炎は、「悪しき者」だけを限定的に焼いて行く。

 夜空が明るく照らされるほどの火力で、地面を這いずる者達は焼き消されて行った。炎に焼かれながら、その者達は、ある方向に避難しようとした。

 闇と梢に覆われて見つけ出せなかった、その者達の出入りする「入り口」を発見した。アンバーは氷の槍を握った手に、あらん限りの神気を込める。

 増幅状態にある今なら、少しは無理が出来る。いや、多大な無理も出来る。

 針葉樹の森の中に大穴を開けていた、その「入り口」に槍を突きつけ、滝のような氷の刃を降り注がせる。埋まってしまえと念を込めて。


 白いドラゴンと少女は、喉を鳴らして呼吸をしながら、その日の戦いを終えて「安全地帯」まで退避した。

 見上げるほど体が大きく、一口で人間を数十人は食べられそうな大きなのドラゴンだったが、安全地帯に到達すると、急に体の大きさが小さくなった。

 それでも、アンバーよりはずっと大きい。背を預けて眠れそうなくらいの大きさはある。

「ガーネット。あなたをクッションにして良いかな?」と、アンバーは地面に座ってから聞いた。

「好きにしろ」と言うガーネットの肉声は、思ったより高い。

「あなた、雌なの?」と、アンバーが聞くと、ガーネットは人間のように笑いを噴き出した。

「確かに、生物としては雌だな」

 そう言いながら、ガーネットはアンバーの近くにドサッと座り込む。四肢を折り、脇腹が少女の背の辺りに来るように。

「お前も、雌だろう?」

「ああ。その表現、嫌だな」とアンバーは言ってから、鱗に覆われている柔らかい脇腹に寄り掛かり、「失礼したね。許して」と続けた。

「分かれば良い」と、ガーネットは言ってから、「眠れ。お前が人間でないとしても、疲労が残るぞ」と、自分も首を地面に預けながら諭した。

「うん。あー、目が疲れた」

 そう言って、アンバーは首を上に向ける。

 新月の夜のような満天の星空が、其処に在る。

「綺麗……」

 そう呟いて微笑んでから、アンバーは瞼を閉じ、瞬く間に眠りの中に沈んで行った。

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