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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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8.戦場・倭仁洛

 蚊帳代わりになる天幕のかけられたベッドの上で、六、七歳の姿のマコトは目を覚ました。目を開ける前から意識はあったが、中々体が動かせず、数分間は瞼も上げられなかった。

 瞼を開くと同時に、神気が組み変わり、また十は年上の女性の姿になる。着物も張り裂ける事は無く、成長した体に見合うように布の部分が増殖する。

 マコトは、ベッドの上に体を起こして、衣服や、伸びている手足や髪を観察した。

 彼女の身につけている着物は、色こそ同じ緑だが、子供の姿の時のマコトが身につけていた物とは形状が異なり、長い振袖になっている。

 袴も、子供の姿の時に着ていた物と同じ紫色だが、大人の体形に合うように裾が伸びて、胴を締め付けている紐も、腹で安定する位置になっている。

 この現象は何なんだろうと考えたが、考えているうちに、客間のドアをノックする者がいた。

「どうぞ」と、マコトは返事をする。ドアが開き、白い髪の中性的な老人が姿を現した。ヤイロ・センドだ。

「おはよう、マコト・ロータス」と、ヤイロは入室し、女性に呼びかけた。「気分はどうだい?」

「悪い所は無いです。ですが……」と言って、マコトは疑問を口にする。「戦況は?」

「ああ、その事について、少しお話をしなきゃならないんだ」

 そう言って、ヤイロはサイドテーブルの椅子に、腰を掛けた。


「ほんの少し前まで、とっても大きな怪獣が、地面の下に住んでいたんだ。その怪獣は、この世界が自分の思い通りになるはずだと思ってた。

 だけど、それは叶えられない願いだった。怪獣は、自分が食べてしまおうと思っていた、もっと大きな生き物に、逆に食べられてしまいそうになっていた。

 君達のお友達は、その怪獣を空に逃がした。空と言っても、雲よりもっと高くて、濃紺色が広がる、宇宙と言われる空間に逃がしたんだ。

 怪獣は、遠くの星を目指して旅に出た。何処に着地するかは分からないけど、怪獣は自分が真っ当に生きて行ける星を探す事になった。

 その傍らで、星に残った、意見の合わない者達は、お互いの戦力をぶつけ合う事になった。これはね、ある者達が考えた、演劇の一端なんだ。私達は、しばらくその演劇に付き合わなければならない。

 どのくらいの期間がかかって、どのくらいの消耗戦になるかは分からない。だけどね、その演劇は必要な事なんだ。彼等を納得させて、満足させるために」

 ヤイロの話をそこまで聞いて、マコトは目を瞬かせた。

 自分達が「星を守るために起こした戦争」だと思っている事は、誰かにとっては刺激的な演劇である、と、頭の中で整理した。

 ヤイロはゆっくりと話を続ける。

「私達は、彼等の演劇に付き合いながら、自分達の納得が行くように、結末を変えなければならないんだ。そのために、君達のお友達は、東の大陸の色んな場所で戦っている。

 マコト。君は、自分が人間じゃないって知ってるね?」

 そう問いかけられて、マコトは躊躇いがちに頷いた。

 ヤイロも一つ頷いて、続ける。

「君達みたいな、自分とそっくりの双子を持っている者の他に、別の種族もこの演劇に参加している。その種族が参加する事は、ある者達の計算外だった。

 彼等はあくまで、人間と言う生物が起こす演劇が見たかったからだね。

 人間の中に、その他の種族と仲が良い者が居るって言うのは知ってたけど、本当にその種族が参加する事になってから、彼等も考えるしかなくなった。

 ある者達は、人間と言う存在は、手の平で転がせると思っていたんだ。けれど、人間以外の種族がどんな生き方をするか、考え方をするか、そして、自分達に如何に従わないかを知らなかった。

 今回の演劇には、悪役が居たんだ。とても古い血を引いている、一人の女の子と、一人の男の子だ。

 彼等は力を持って生まれた時から、演劇を邪魔をする悪役として、少しずつ育てられてきた。しかしだが、その女の子と男の子の力は、ある者達が想定した以上になってしまった。

 それでも、それも演劇として観ている者には楽しいだろうね。私達は長い時間をかけて『第二期衝突期』を作り上げた。ある者達は、その戦闘活劇に『今度こそ』勝利する事を目標にしている。

 私達が一番気を付けなきゃならないのは、この『第二期衝突期』と言う演劇の間で、疲れ切らない事なんだ。戦いに勝った後で、自分達の望む結末を導き出すために」


 話が複雑になってきて、マコトは聞いた言葉を、何度も頭の中で反芻した。

 私達は、この戦いで消耗するかもしれない。衝突期を過ぎた後でも、演劇は続く。その時に自分達の望む結末を得るため、疲れ切る事は出来ない。

 そう頭の中で納得して、マコトはもう一度頷いた。そして訊ねる。

「この演劇の中で、私の成すべきことは?」

 ヤイロも、その言葉を聞いて頷いた。そして答える。

「この国の何処かに、別の世界からの悪い空気を通す『異界への入り口』があるはずなんだ。国中の封じが劣化しているから、何ヶ所あるかは、まだ確定していない。

 だから、見つけたものから順に封じて行かなきゃならないね。その仕事を、君に頼みたいんだ。他の子達も、夫々の場所でその仕事をしてるはずだから。マコト。もう、旅立てる気力はあるかい?」

 そう問いかけられ、マコトは「勿論です」と答えた。


 結界で身を覆い、マコトは昼間にしては暗い空を飛翔している。鞘と柄に装飾を施された太刀を手にして。

 ヤイロの家で(たすき)を借り、振袖が邪魔にならないように袖から腕を出した。長く伸びた髪も、邪魔にならないように髪先を布で縛った。

 願祷洛(ウィディシュ)に居るはずのマナムも含め、今回の儀式に関わった者達はもう戦いの最中かもしれない。日もだいぶ高くなっている。彼等は無事だろうか。

 そう案じながら、向かってくる何かの気配に、マコトは意識を集中した。

 あれは、鴉?

 そう思ったが、その黒い鴉のようなものは、何処かの森や町ではなく、マコトの飛翔高度よりだいぶ下の、空中に開いた穴の中から湧いてきている。まるで、黒煙の如く。

 あれが、邪気と言うものか。

 マコトはそう察して、鴉を避けるように、斜め下に滑空した。

 向かって来ていた鴉達も、目標が下降したのに気付いて追ってくる。

 空中を素早く移動しながら、マコトは太刀を抜き放ち、黒煙を上げる「異界への入り口」に向かって、力を込めて刃を薙いだ。

 弧を描くエネルギー風が太刀から放たれて、「入り口」を傷をつける。追って、二度三度と太刀を振るう。幾重にも傷つけられた入り口は、気体状だった質感を変え、硝子細工のように砕けた。

 魔力源を失った鴉達は、まだマコトを追い立てる。マコトは、鴉の様なものに向けて、やはり一撃、二撃と刃を薙ぐ。

 邪気の塊は、エネルギー風の触れた場所から砕け、ざらざらと散って行った。

 敵を退ける事が出来たが、まだ仕事は始まったばかりだ。それに、邪気が砕けて行ったと言う事は、地表の方では人間達に健康被害が出るだろう。

 出来るだけに速やかに行動を。

 そう念じて、マコトは飛翔しながら島国の各所にあるはずの「異界への入り口」を探しに行った。

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