7.必然の出会い
ユニソームは、エニーズタイプスリーと、多数のアーニーズの視野から、砂漠の中の「巨悪の姉弟」を観察している。
地上に居る人間が、空を見上げなければならないほどの体躯と、岩石質の皮膚を持つタイプスリーは、霊体を捕食する事に欲望を持つエニーズである。
そして、そのエニーズを守らせるために、前例の無い数のアーニーズを作り出し、その一体のエニーズを、徹底的に守らせている。
ユニソームは、この必然であり奇跡的な出会いを作るために、せっせと「黙読の間」で研究と製造に携わっていたのだ。
演劇の中の「戦闘シーン」には、クライマックスが必要である。
砂の嵐の中から、人間が想像もつかないような巨体の赤子が姿を見せた時、ユニソームは思わず「私の監督作品は、実に見事である」と確信し、満足したように唸った。
カウサールも、興味深そうに立体映像機を眺めている。
バニアリーモは地上の別の所を見ているらしく、何も言わない。
カウサールに意見を聞いてみようか? そうユニソームが思って、目玉の一つを同胞のほうに、ついと動かした時、立体映像機の中から連続的な爆発音が聞こえた。
アン・セリスティアが、箒に乗って飛翔し、アーニーズ達を撃ち取り始めたのだ。片手に削除エネルギーを集中して、手を薙ぐと同時にエネルギーを球状に固めたものを自分の周りに作り、それを有機的な曲線で、狙いが分からないように各所に飛ばす。
戦闘機と呼ばれる飛行機があるが、丁度、ミサイルと弾丸を積んだそれが、連射をしながら空を飛んでいるようなありさまだった。
エニーズを守る事に特化したアーニーズは、自分を守ると言う行動が少し遅くなる。
その思考のラグの間に、アン・セリスティアはたちまち二十、三十のアーニーズを破壊して行った。
滞空していたアーニーズ達は、顔面を砕かれ、腹を砕かれ、胸を砕かれ、首をへし折られ、ぼとぼとと地面に落ちて行く。
外的なダメージそのものは意味はないとしても、そのダメージを受ける時に仕組まれた「変換エネルギー」が、アーニーズ達の思考力を奪い、彼女達の意識を失わせて行った。
「ほぅ。ほうほうほう、やるものだな」と、チェスの対戦でも観ているように、ユニソームは愉快そうだ。「人間と言うのは、自分とそっくり同じ姿をしているものを認識しないと言うのは、本当なのだな」
「いや、あの反応は、単に『自分の裸身を並べられている事』に関する、怒りだろう」と、カウサールは言う。「雌個体の、露骨な性描写に対する嫌悪と同じものだ。おまけに、それが自分の顔をしているのだからな」
「人間の雌個体としては、一般的な反射なのか?」と、ユニソーム。
「それは言える。短く言うと、今、アン・セリスティアは『怒りに支配されている』のだよ。一刻も早く、無防備な裸身をさらしている『自分そっくりもの』を隠そうとしている」と、カウサール。
「それならば、通常の人間の雌個体と同じだな。少しがっかりしたよ。折角の強敵に仕上げたのに、そんな所に、雌個体的な羞恥を持っていたとは」
「十の時から、心を殺せと言う教育を受けたのに、それでも人間臭い個体だっただろう?」
カウサールは、それまで観察してきた、アンの様子を思い出している。
「あの頃は、複合意識の影響かと思っていたが、どうにも清掃局の者は、彼女の心を殺し損ねたらしいな」
そんな事を、ユニソームとカウサールが言い合っていると、ずっと別の所を観ていたバニアリーモが言い出した。
「分からんな」と。
二体のゲル状の生き物は、多数の目玉を持つ三体目のゲル状の生き物を振り返る。
「何が分からない?」と、親切な事にカウサールは質問する。
「司令塔が何処か探しているのだが、見つからない。ガルム・セリスティアにさえ、誰も指示を出していないんだ。人間の軍は、唯見てるだけだ」
バニアリーモは、体の上に生えている幾つもの目玉を、無数にある丸い映像機の、あちらこちらに移動させる。
「指導者が、何処かに居るはずだと思ったのだが」
カウサールは立体映像機から離れ、バニアリーモの見つめている、天井から床にまで及ぶ、多数の映像を一緒に見る。そして教えてあげた。
「人間の戦闘の方法としては、司令塔からの指示を仰ぐほかに、個別で判断して戦う方法もあるぞ。個別の判断で、生き残れる戦闘技術と知恵が必要だがな」
「ふむ。ならば司令塔は見つからないはずだ。時間をロスしたかもしれん。しかし、良い情報も幾つか手に入った」と、バニアリーモ。「我々も、知恵を働かせよう」
観察者の言葉に、カウサールは「そうだな」と同意した。
サクヤとのやり取りの他、複数個所と通信を取っていたジークは、あまりに戦線に熱中しすぎて、部屋のドアに鍵をかけ忘れていた。
このような事は度々あり、その度にメリュジーヌの屋敷を切り盛りしている魔力持ちの娘、シャニィがお菓子やドリンクを持って「特攻」してくる。
通信を起動してる間のジークは、装置の中に埋もれたまま、ほとんど行動がとれないので、「特攻」された時は、何とか口でシャニィを追い出すのだ。
しかし、その時のメイドは様子が違った。
部屋の中に、急に焼き上がったケーキのにおいがしてきて、「また『特攻』が来た」とジークは察したが、状況が緊迫しているので無視する事にした。
すぐにシャニィのほうに視線を動かさなかったのが、ジークの落ち度であろう。
赤毛のメイドは、ケーキの横に添えてあった大振りなケーキナイフを手に取ると、それを逆手に構えた。
カタンと言う音がして、何かが床に転がる。流石に変な感じがして、ジークはチラッとだけ視線を床に向けた。
木で作られた大皿が床に落ち、柔らかいスポンジケーキが潰れている。
異常を察してメイドのほうを見ると、彼女は瞳に真っ赤な光を燈し、ジークに向かってナイフを振り下ろす所だった。
ガツンッという音がする。ジークが反射的に突き出した右腕の装置に、ケーキナイフの刃が突き立てられたのだ。
刺さりはしなかったが、外からの衝撃に耐えるための殻に、皹が入る。
二撃目を受けたら、装置が壊れかねない。ジークは身体をひねって椅子状の装置から一時離脱すると、襲い掛かって来ていたメイドの手首を掴み、捩じ上げた。
ジークは人差し指と親指しか力をかけられないが、人間の娘の手から力を失わせるくらいは出来る。
シャニィは、片手を上に捩じ上げられたまま、ポケットの中から別のナイフを取り出した。ケーキナイフより、ずっと切れ味の良さそうな、よく磨いたキッチンナイフ。
ジークの顔面に突き立てるような軌道で、刃先が襲ってくる。
ジークは残った片手で「非常ボタン」を押した。魔力的な影響を無効化する結界が、一瞬だけ起動する。やはり、装置が故障を起こしかけている。
しかし、その一瞬で、シャニィは振り下ろそうとしたナイフの向かう先を変え、自分の腹に突き立てた。




