6.戦場・岩砂漠
蛇、蜘蛛、ハゲタカ、そして……キマイラの大群と、戦う相手に困る事は無かった。少しは手持無沙汰も味わいたいものだが。
ガルムは、神気体を地面から雲の下までの各所に飛ばし、群れ腐る敵対者を切り刻んで行く。
長剣をナイフの使い方で操ると言うのは、手首に多大な負荷をかけたが、それを気にしている暇はない。それに、片手首が痛くなる前に、柄に両手を添えれば良いのだ。
便利なもので、ガルムの扱っている長剣は、裂傷を負わせる真空波の他に、切りつけた箇所を炎で焼き塞ぐこともできる。
長く使っていて切れ味が悪くなって来たと思ったら、一瞬鞘に戻して「冷える」のを待つと、次に抜き放った時は、切れ味が復活している。
剣に宿っている炎を使う方法を覚えてから、アンの追い打ちを待たなくとも、魔獣に負わせたダメージを、修復されなくなった。
後は、ジークさん達の集計が終わるまで、耐え忍ぶだけか……と、ガルムは考えた。
アンも、同じような事を考えているらしく、全力で魔術を扱うと言うより、効率よく霊体を動かしていると言う風だ。
仕事の時のねーちゃんって、きびきび動いてたんだろうな……と、ガルムは思って、目元と口元を笑ませた。
その表情は、理由を知らない魔獣達からみたら、自分達を殺める事を楽しんでいる戦闘狂のように見えたのだろう。
地面に集まっていた八目蜘蛛達が、ガルムの着地した場所から波のように引く。
八目蜘蛛に関しては、ガルムも一通り知識がある。ノックス達が度々その生息地に偵察に行き、情報を収集していた魔獣だ。
社会性に富み、彼ら独自の言語と文化を持つ、高知能の人間めいた魔獣だと聞いている。
人間の表情も理解するのか、と気づき、ガルムは思う。後で調書を纏めて報告しなきゃな、と。
八目蜘蛛達は、一匹の上に別の個体が登りつき、高さを得てガルムの神気体に頭上に飛んで来た。普通の人間だったら、頭上からの攻撃は不得手なはずである。
ちゃんと学習してるんだな、と感心しつつ、ガルムは跳躍してきた蜘蛛の頭上に、神気体を移動させた。
こいつ等の行動を不能にするには、目を全て潰し、呼吸器にダメージを与える事。生物としては、タランチュラなどの大型蜘蛛に近く、糸を発する事はない。
知識を頭の中で思い出しながら、その通りに敵の目を撫で切りにする。しかし、呼吸器が何処にあるのかよく分からない。
目を全てつぶされても、確かに八目蜘蛛達は怯まない。嗅覚で情報が分かるのだろう。
何匹かの目を潰してから、どうしようかなーと考えていると、アンの方で大爆発が起こった。一定数集まっていた敵対者に向けて、姉が火炎流を放ったのだ。
ダメージを受けた個体を、有無を言わせず塵に変換し、圧縮して一粒の砂にすると、邪気を浄化する。
「手際が良いな」と、アンナイトが声をかけてきた。「流石は戦歴のある『清掃員』だ」
「俺等も、あのくらい動けるようにならないとな」と、ガルムは返し、敵を薙ぎながらアンナイトに聞く。「こいつ等の呼吸器の位置は?」
「目の上の八の穴、それから口の上の二つの穴だ」と、アンナイトからの説明が来る。視野の端に図解付きで。
「面倒くさい。吹き飛ばそう」と、ガルムは提案し、神気体の片手を構える。
「それが一番効率的だろう」と、アンナイトは答え、今まで屠って来た敵対者に植え付けてある、神気を吸収し、エネルギー変換を起こす。
キュンッと言う、レーザー砲がエネルギーを集中する時に似た高音を鳴らして、ガルムの片手から浄化エネルギー――別の言い方をするなら削除エネルギー――が放出された。
もうこの力を使う時の反動にも慣れているため、初期の頃のように一々構える必要はない。
光の刃は、地面の蜘蛛達の他に、空中に居たライオンの体を持つ鷹のような魔獣達も、面白いように消滅させて行く。
生体エネルギーを削除する時、個体から肉の焼けているようなにおいが漂ってくるので、「ああ、生き物を焼いているんだなぁ」と言う、実感が残るのは否めないが。
しかし、そんな事を憂鬱に思っていたら、自分のほうが「焼かれるイキモノ」になるのだ。
くるりと振り返り、そこにいた「隙をついて接近してた」キマイラの群れにも、熱線を浴びせる。キマイラ達の体は、煤も残さず消滅した。
蓄積エネルギーが七分の辺りまで減って、一頻り辺りを焼きつくしてしまうと、しばらく周りは静かになった。
――ガルム君。
遠く離れた姉の方から、念話が飛んでくる。
――何がか近づいて来てる。アンナイトの機能では、補足できてる?
ガルムは、アンナイトの情報映像に意識を集中してから、答えた。
――いや、レーダーには何も表示されない。
アンはすぐに感づいた。
――ジャミングされてるね。もうすぐ、東の方から砂嵐が来る。その向こうに、何かいる。魔力に守られてる巨大な何か。
――怪獣と戦う事になるの?
――その可能性は大きい。結界は張れる?
――得意中の得意。
――よし。しばらく、潜伏。
――了解。
そんなやり取りを経て、二人はそれぞれ岩陰に潜み、屍を埋める砂嵐が通り過ぎるのを待った。
砂嵐が過ぎ去る頃、その巨大で未発達な姿の生き物は、岩石質の不気味な皮膚と目を光らせて、砂塵の壁の中から姿を現した。
その生き物は、「おぎゃあ」とは鳴かなかった。「にやぁあああああ」と言う風に、井戸の底から呻いているように鳴く。
――タイプスリーだ。
アンの念話が、心なしか緊張しているような声で言う。
――エニーズの新しい型だよ。って事は、居るのか。
――あ……。ああ、はい……彼女等がね。
ガルムはすごく気まずい。
――俺は、見ないほうが良いかな?
ガルムが見てしまうと言う事は、アンナイトも見てしまう。そして、アンナイトが見てしまうと言う事は、集団監視状態の管制室モニターに、その姿がはっきりと映し出されると言う事だ。
アンをモデルにして作られた魔力的レプリカ、アーニーズの裸身が。
――出来れば、見てほしくないなー。
アンは、低音で念話を飛ばしてくる。意識が暗く成っていると言う事だろう。
――アーニーズは私に任せて、ガルム君はエニーズのお守をして。
――オーケー。なるべく、アーニーズは視野から外す。
そう約束して、二人は夫々の敵に向かって散った。




