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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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5.戦場・願祷洛

 空中で、何かの火花が散っているように、連続的に光るものがあった。何処かの自治体が、昼間に花火でも上げているのだろうと、一般民達は思っている。

 魔力や霊力をもって空を見上げていたら、そこで扇を片手にひらりひらりと身を翻して舞っている少年と、その手足から放たれる霊的な力と、それに撃ち取られている魔性の者が見えたはずだ。

 岩石で出来た巨大な蜻蛉の姿の魔獣は、少年の手にした扇から放たれる真空波で八つ裂きにされ、細かな塵になって風に飛んで行った。


 願祷洛(ウィディシュ)の都市部では、一般的な家に住む少女の名前はハリシャと言った。

 平日だったその日も、朝の決まった時間に起きて、学校に行くために「適切な」服装を選ぶ。

 十四歳の女の子達に許されているファッションは、フェミニン過ぎてもアウト、パンキッシュ過ぎてもアウト、無難過ぎると「ダサい」と言われてアウトになる。

 中学受験に合格した時から、両親達は「期待される人間になりなさい」と口うるさく言ってくる。

 ハリシャは頭の中で「はいはい」と返事をして、自分で作った灰色のダメージデニムを履き、黒地に青い模様の入ったキャミソールの上に白いシャツを羽織る。

 長いウェーブの髪はポニーテールに纏めた。

 靴は何にする?

 ハリシャは頭の中で考える。

 黒のパンプスか、紺のスニーカー? 色を合わせ過ぎかな。黄色のサンダルにしよう。

 そうイメージしてから、リビングに移動する。先に食事を摂っている父親の背の向こうで、テレビジョンがニュースを告げている。

 砂漠地帯からの、強風による砂塵被害の様子が見受けられ、今日の外出にはマスクをつける事を勧める、だそうだ。

 マスクをつけるなら、何色かな?

 またハリシャは考え始める。

 考えながら、カウンター席に置かれている金属製のトースターに、食パンを二枚差し込み、電源を入れた。


 バス停を目指していると、公園の近くを通った時に、急に喉が痛くなってきた。煙の中に頭を突っ込んだように、周りがうっすらと黒い煤に覆われ、喉と鼻と、おまけに目まで痛い。

 これが砂塵被害の件? 嫌だな。早くバスに乗っちゃいたい。

 そう思って、マスクの上から口を手で押さえ、目をしかめて、反射的に俯いた。

 頭上で何かの爆ぜる音がする。花火がうるさい、とハリシャは思った。次に公園の木の梢から幹のほうに掛けて、枝の折れる音がした。それに続いて、砂袋でも落としたような、ドスッという鈍い音。

 音のほうを見ると、不思議な服装の少年が倒れていた。まだ七歳くらいの小さな子だった。

 何? 木にでも登ってて、落っこちちゃったの?

 ハリシャは少年のほうに歩み寄った。

「ねぇ、君。大丈夫? 怪我してない?」

 そう声をかけ、ハリシャは公園の敷地に踏み込む。草地に身をぶつけた少年の手に触れてみると、皮膚が熱を持って赤くなり、所々擦り傷とひっかき傷のようなものがある。

 人を呼ぼうか。でも、遅刻しちゃう。

 そう思ってから、学校の医務室が思い浮かんだ。

 そうだ、医務室に連れて行けば、手当てがしてもらえる。医務の先生から、大きい病院に連れて行ってもらえば良いし。

 その考えを助けるように、彼女に声をかける者がいる。何時も同じバスを使っている同級生達だ。二名の女子と、一名の男子。

「ハリシャ。何してんの?」

「この子が、木に登ってて落っこちたみたいなの。目を覚まさなくてさ。学校まで運びたいんだけど」

「え? 病院に連絡すれば?」

「搬送車を待つより、バス待ったほうが早いじゃん。それにほら、搬送車は元手が……」

 同級生達は、「あー」と納得する。いくらファッションアイテムをたくさん持っていようと、選ぶマスクの数があろうと、彼等は常に元手が足りないのだ。


 同級生達に手伝ってもらい、ハリシャは見知らぬ少年を医務室に運び込んだ。

 医務の先生は、目を覚まさない男の子の様子を観察してから、患者の状態をハリシャ達に告げる。

「後ろ頭にたんこぶが出来てる。それと、手足に少し火傷したみたいな痕がある。鼻と口の周りにすごい量の煤がついてるね。濃い煙を吸い込んだみたいな感じだ」

 医務の先生はハリシャ達を見る。

「この男の子がいた場所の近くで、火が燃えてたり、煙が漂ってたりはしなかったかい?」

 同級生達は、「分かんなかった」とか、「見なかった」と、首を横に振る。

 ハリシャには思い当たる節があった。少年を見つける直前、急に呼吸器と目が痛くなった症状に。その事を話すべきか迷ったが、その煙のようなものが、何処から流れて来てたのかは分からない。

 余計な事は言わないでおこう。

 そう選択して、ハリシャは少年を医務室に置いたまま、始業のベルと共に教室に向かった。


 医務の教師は、脱脂綿と綿棒と消毒アルコールで、患者の口と鼻を拭いてあげた。

 不思議な服装の少年が着ているのは、倭仁洛(ヤハトルーア)の民族衣装だ。確か、着物と袴と言うものだ。

 何故、七歳くらいの……恐らく倭仁洛(ヤハトルーア)の少年が、着物を着て木登りをしていて、鼻の孔が真っ黒になるほど、煤を吸い込む事になったんだろう。

 そう思っていると、朝から、何処かの自治体が上げているんじゃないかと噂されていた、花火の事を思いついた。

 木に登って遊んでいた少年を、誰かが花火で撃ち落とした?

 一度考えて、流石に違うだろうと考え直した。

 仮にそうだとしたら明らかな傷害罪だ。そんな馬鹿な事をする奴がいるのか? と。

 それがもし居たとしたら……と想定すると、あの花火は自治体が打ち上げていたのではなく、非合法で悪質な誰かの仕業では? と考えられた。

 花火の音は、さっきから聞こえない。少年が目を覚ますのを待ってる間に、犯人が逃げてしまうかもしれない。

 医務室の教師は電話で、「異常な状態で木から落下してきて、意識を失っている少年がいる」と言う知らせを、警察に届けた。


 ユニソームは、愉快そうにゲル状の体を震わせていた。

「ようやく一手取れたぞ」と。

 眺めている映像は、願祷洛(ウィディシュ)のマナムの様子だ。

 白衣を着た教師の視線から採取した映像では、この土地を守っていた「(あるじ)」は、高神気を纏った状態が解除され、体に多少の物理的損傷を受け、邪気の吸引による意識障害を起こしている。

 石蜻蛉(イシトンボ)を「余らすのも無駄になる」と言う理由で、一匹残らず送り込んでみたのが、功を奏したらしい。

「数の暴力には押されるものだな」

 一緒に地上を観察しているバニアリーモが言う。

「しかし、一ヶ所取ったからと言って油断するな。明識洛(クオリムファルン)を落とせないと、後が事だぞ」

「分かっている」と、ユニソームは声を濁らせる。「早々に、大陸に移住しなかったことを悔いているよ」

「大陸に移住してたらもっと大事(おおごと)だ」と、カウサールの声が聞こえた。

 やはりゲル状のその生物は、頭部の周りで眼を水平に回転させている。イライラしているらしい。

「フォリング族から伝令が来た。飛空部隊が壊滅寸前だと。大陸中央部では、巨悪の姉弟が好き放題に暴れているようだよ。奴等への対策はどうする?」

「そうだな……」と、ユニソームは思考する。そして決定した。

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