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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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2.戦場・氷

 六芒星に形を作る魔力が東の陸塊を覆った頃。

 アンバーは着地した氷の上が、あまり足場としてよくないと判断し、少し南に移動した。地面が確実にある、安定した場所に。

 氷の鎧を着た女の子は、その鎧の重さも冷たさも感じない。この鎧自体が、自分の神気の一部だからかと考えた。

 アンバーはしばらく静かに呼吸をし、その臭いに気づいた。

 何かを燃やした灰が、空気中に混ざっているような異臭。

 ガードするように構え、左腕に神気を集中する。氷の楯が発生し、それは障壁と同じ効力を持って異臭の接近を妨げる。

 高濃度の邪気だ。それが、何処かから漂って来ている。

 そう目星をつけて、アンバーは楯を備えた左腕を薙いだ。

 絡みつくように流れて来ていた邪気が、遠くへ弾かれる。

 邪気が放たれていると言う事は、何処かにその根源や、術で括られた贄、もしくは死している何かがあるはずだ。

 これは一体、何の臭い?

 そんな事を考えながら、アンバーは障壁を備えた状態で、敢えて邪気の流れてくる方向に飛翔してみた。

 

 雲が垂れ込め、灰色の波がうねり、北からの風が吹きつける沿岸。

 空中に舞う白い巨大なドラゴンと、地面を這う巨大な肢の長いカニの群れが戦っている。

 ドラゴンが赤い炎の息を吹くと、カニは地面から散り、一度海の中に退避する。

 ドラゴンが牙を向きだしてカニに近づく。カニの数匹は、その牙と顎に甲羅を砕かれて、海に落ちた。

 群れを成す蜘蛛のようなカニは、攻撃を受けているもの以外が、跳躍してその体に登りつき、鋭い爪でドラゴンの鱗を剥がそうとする。

 白いドラゴンは空中で身をくねらせ、長い尾を使って、体に貼りついたカニを叩き落とす。

 叩き落とされたカニは、甲羅を潰されて死亡するものと、ショックを受けただけで数分後に復活するものがいた。

 アンバーは思った。

 怪獣大戦争、と。

 そして、そんな事を思ってる場合じゃないと察した。

 邪気を発しているのは、ドラゴンの方か、カニの方か……そう思って、嗅覚と視覚を研ぎ澄ませた。

 ドラゴンの体から叩き落されたカニが、凍った地面にべちゃっと落ちる。甲羅を割られたそれは、ぐずぐずと灰になって砕けながら、空中に異臭を漂わせる。

 牙に砕かれて海に落ちたものも、水面のほうに黒々とした物質を漂わせる。

 味方をする方は決まった。

 アンバーは神気を操り、開いていた片手に氷の槍を作ると、ドラゴンの体に纏わりついているカニ達を引っぺがしにかかった。

 がっちりと鱗に爪を引っかけていたカニの腹の隙間に槍を差し込み、ドラゴンには少し申し訳ないが、体の表面の丸みを利用したテコの原理で、べりっとカニ達を剥がす。

 それから、地面に落ちたそれ等に、とどめの一撃を刺す。

 ――お前は……?

 ドラゴンの方から念話が飛んでくる。

 アンバーも同じく念話で答えた。

 ――名前は……アンバー。あなたの味方をする事にしたの。ついさっき。

 赤い瞳のドラゴンは、それを聞いて、喉を鳴らすように笑った。そしてまた念話を返してくる。

 ――心強い事だ。

 そう言ってから、ドラゴンは忍び寄るカニの気配に気付いて、そちらの方に火炎を吐く。

 アンバーも高く飛翔し、槍に込める神気を増幅して、切っ先を突き出すと同時に無数の氷の刃をカニの群れに降らせた。

 カニの群れは、甲羅や肢を潰されて、行動不能になるか、動きが鈍くなる。凍る地面の一角にある、黒い穴のような場所に逃げて行くものも居る。

 アンバーはドラゴンに念話で声をかけた。

 ――あなたの名前を聞いて良い?

 ドラゴンは、少し迷った様子を見せる。

 返事を聞く前に、カニ達が地面の方から、大きな針のような物を飛ばしてきた。

 それが頬をかすめる。アンバーは、障壁で針を遮り、跳ね返した。

 再び槍に神気を込め、一瞬、障壁を解くと同時に、カニの群れに氷の刃を降らせる。

 それから再び障壁を張る。

 ――聞いちゃダメだったかしら?

 アンバーがそう念話を飛ばしながら少し笑うと、ドラゴンのほうは困ったように返してくる。

 ――人としての名を名乗るべきか、考えててな。

 ――じゃぁ……。あなたは、ガーネットね。真紅の目をしてるから。

 アンバーは勝手に名前を付ける。

 ドラゴンは答えた。

 ――気に入った。それでは、アンバー……。この地を共に守る事を誓ってくれるか?

 そう問われ、アンバーは槍を持った手に神気を集中し続けながら、答えを考える。

 ――当然、とは言えないな。もちろんでもないし……良いけど(オーケー)くらいで構えておいて。

 ドラゴンは薄っすらと目を細めた。

 ――面白い娘だ。

 ――ありがと。

 そう答えて、アンバーは防御に回っていた手を解いた。

 力を集中し続けた槍から、地面のカニの群れに対して、氷の刃を降り注がせる。一撃、二撃、三撃……そして、カニ達が出入りしている黒い穴のような場所へ向けて、最大級の一撃を。


 ゲル状の生物は、北の海での苦戦を垣間見て、突き出た目玉のような部分をぐるぐる回していた。その様子は、少しだけナメクジに似ている。

「甲羅達だけでは、上手く行かんな」と、愚痴る生物は、人間で言うなら柔軟体操をするように、ゲル状の体をあちこちに伸ばして見せる。「灰白熊を送るべきか?」

「奴等は暑さに弱い。あの緯度の戦闘には不向きだ」と、無数の目玉を持った、別のゲル状の生き物が言う。「北は取られたと考えたほうが良いだろう」

「諦めが早いな。同胞よ」

 灰白熊の進出を提案した生物はそう答えたが、「しかし、『向こう側の入り口』が閉じてしまった。どちらにしろ、灰白熊は送り込めない」と述べる。

「さっさと諦めないと、他が手薄になるぞ」と、目玉の多いゲル状の生き物は言う。

「それもそうだ。さて、他に手をこまねいているものは居るかな……」

 そう言いながら、柔軟体操をしていたゲル状の生き物は、空間の床にどっしり体重を預けて、天井に広がる、東の太陸の映像に見入った。

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