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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第七章~紐解くときに~
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1.戦場・海

 サクヤに宛がわれた持ち場は、南東の島を中心にした海の上と成った。東の大陸全土に渡る、二つのデルタが六芒星を描いて重なっている場所の一端だ。

 本来その先端は、彼女の養父であるヤイロの居る倭仁洛(ヤハトルーア)だったはずだが、術を起動するときに、中央を担う術師によってデルタの形は変形されている。

 ――一体、何が襲ってくるの?

 サクヤが思い浮かべた疑問は、念話になってジークの観察網に届く。

 ジークはいつも通りの応答を返そうとしたが、その時にはもうサクヤが滞空している位置の真下に、敵の影があった。

 ――サクヤ! 四時の方向に飛べ!

 サクヤは、知らない誰かの急な通信に反応して、自分を中心にして時計の文字盤が四時を指すであろう方向の、斜め上に飛翔する。

 それを追うように、ズバッと言う音を立てて、まだ薄暗い波を割り、蛸のような肢が空中に伸びてきた。

 サクヤは身の危険を感じて、更に上空へ移動した。

 確実にサクヤの後を追って、長い肢の二本がぬらぬらと彼女を捕まえようとする。その肢は一定の個所まで来ると、リーチが足りないのか、海の中に沈んだ。

 ――何あれ……。

 サクヤがそう思うと、すかさず返事が来る。

 ――タコの化物だ。この海域でも生存できるみたいだな。

 ――貴方は誰?

 ――名前はジーク。アンの助手だ。さぁて、サクヤお嬢ちゃん。バトルの方法は知ってるか?

 ――私、戦ったことなんてない。

 ――そうだろうな。まず、避けろ。避けて、切りつけて、逃げる。これを繰り返す。

 ――切るって、何を使って?

 ――神気を使え。人間は手に意識を集中しやすい。対象に向かって腕を振る時に、「切れろ」って念じてみな。まずは、海に影を落とすように海面に近づけ。

 ジークが説明する通りに、サクヤは恐る恐る海面に近づいた。しかし、一ヶ所に留まっているのは怖い。

 どうしようと思って、一定の空中をうろうろしていると、うろうろしていた範囲の真ん中辺りから、またあの肢がズバッと水面を切って現れた。

 サクヤは、海面に近づきすぎないように、かと言って上空に逃げすぎないように、ギリギリのラインで避ける。

 そして、実際に「切れろ!」と念じながら、蛸の肢に向けて腕を振るった。

 サクッと長い肢の一部が割かれ、紫の血液が一気に吹き出す。

 それを見たらすぐに、サクヤは空の高い所まで避難する。

 傷を負った肢を隠し、水中の蛸は別の肢を伸ばしてくる。先までサクヤが居た辺りで、探るようにぬらぬら動く。

 他人事のような声で、ジークの念話が聞こえて来た。

 ――一本切っても油断するな。あいつ等の肢は切られても再生するんだ。出来る事なら、本体にダメージを与えたい。

 ――本体は何処にあるの?

 ――肢の根元だろうな。丸くてでかい頭があるはずだ。まず、肢を何本か切り落とせ。避けて、切って、逃げるを繰り返しながら。

 ――分かった。

 そうやり取りをしてる間に、蛸の肢はどんどんサクヤのほうに近づいてくる。

 さっき切った時よりだいぶ距離が遠いと思ったが、近づかれるのが怖いので、サクヤは早々に腕を薙ぎ払い、「切れろ!」と念じる。

 ――待て、早い!

 神気の刃が飛んで行くと同時に、ジークの文句が聞こえてくる。

 ――だって、待ってられない……!

 ――上に飛べ! 捕まるぞ!

 言われるがままに、サクヤは頭上に飛翔する。

 さっき傷つけたはずの長い肢が、つい数秒前までサクヤの居た場所をめがけて、フックをかましてきた。空気を掴んで、悔しげにぬらぬらする。

 はるか上空に逃げて、サクヤは薄くなった空気を何度も胸に吸い込む。何より、極度の緊張が敵である。

 ――良いか、サクヤ。

 お説教モードのジークの念話が聞こえてくる。

 ――闇雲に神気を飛ばしても、居場所を教えるだけだ。ある程度の距離までは攻撃は我慢しろ。避けるって言うのは、そのために必要な技術なんだ。

 ――そんな技術、練習してない。

 ――じゃぁ、今学べ。まず、呼吸ができる高度まで下りろ。

 反論しても、ジークお兄さんは許容してくれない。

 サクヤは恐る恐る飛翔高度を下げ、ぬらぬらしている蛸の肢が、ギリギリ届きそうな位置で滞空する。

 蛸の肢は影に気付き、再びサクヤのほうにじりじりと近づいてくる。

 ジークの指示が聞こえる。

 ――俺が「切れ」って言うまで、神気を放つのは我慢しろ。それまで、あの蛸の肢を避け続けろ。予備知識として、蛸は八本しか肢が無い。

 ――八本も避けなきゃならないの……。

 ――そう。ほれ、もうすぐ来るぞ。構えろ。


 避けて、切って、逃げるを、何とか繰り返しているうちに、サクヤは七本の肢を切り落とした。

 残りは一本だ、と思って、逃げずに周囲を見回してしまった。それを待っていたように、死角になる斜め後ろから、長い肢が飛んできた。鞭のような肢が、蠅を打ち落とすかの如くサクヤの体を叩く。

 サクヤは反射的に左肘を張った。その手首を中心に、障壁が発生する。水面に突っ込むのかと思ったが、一定の圧のかかった水面は、ほんの少しの弾力だけ残して、ぶつかったものを跳ね上げた。

 ジークは望遠ゴーグルの視野を集中して、サクヤの状態を観察する。頭や首の骨に傷はない。少し強く体の左半身を打ち付けただけのようだ。

 ――切ったら逃げろ!

 ジークはお説教を繰り返す。

 サクヤはバウンドした状態から、上空に退避した。まともに打ち付けた左腕がジンジンする。

「いたたた……」と呟きながら、サクヤは右手で左腕の肘の辺りを押さえる。神気の流れで治癒が行なわれているが、しばらくは細かく動けそうにない。

 ――タイムリミットだ。

 ジークが告げた。

 ――練習はおしまい。後は実戦だぞ。

 海面が一斉に泡立ち、光を得た植物のように、無数の蛸の肢が海綿から伸びてくる。八本どころじゃない。長い触手だけ数えても、十六本はある。水中に居る蛸は、八匹以上。

 ――大分、ハードモードだね。

 サクヤは何とか強がりを言った。少し笑った声で、ジークの応答が帰ってくる。

 ――それだけ言えるなら、まだ大丈夫だ。

 サクヤは目の前に浮かんで来た蛸達の、頭の大きさを見てゾッとした。一番小さな物でも、気球のバルーンくらいの大きさはある。

 そりゃぁ、そんな事になるって話は聞いてたけどさ、と思いながら、念話を返した。

 ――世界の中で、私が一番不幸って思って良い?

 不謹慎な事に、ジークの方からは念話ではなく、通信の術での笑い声が聞こえてきた。

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