メリューと約束3
先の事件で分かる事は、メリューが余計な事を言わなくても、魔力持ちの人間には彼女が龍族であるとバレてしまう事だ。
より一層の警戒と保護が必要と見なされ、メリューには常に誰かが付き添う事になった。町の中にいる限りは、ほとんどの場合アシュレイが付き添っている。
しかし、これからメリューは、親の監視が無い世界への自由を求めるかもしれない。そこで、アーサーとリニアに白羽の矢が立った。
アーサーとリニアは、引き取られた家で面倒を看てもらう代わりに、メリューの付き添いの仕事を任された。
メリューとしては、新しい友達を連れ歩くようなものだと思っているので、アーサー達の準備ができる前から、非常に浮かれていた。
アーサーとリニアとメリューの三人連れになった時のための用意として、ポシェットに色んな者を三つづつ詰めるようになった。飴玉を三つ詰めた時は、一日経つ頃にはその飴玉は全部食べてしまったが。
メリューの目からすると、「お人形さんみたい」に見えるリニアに着せてあげるんだと言って、アシュレイに人形の服をねだるようになった。
体力が戻った後、アーサーは生来の能力を扱う訓練を求められた。
魔力を扱う方法を学び、筋肉の素になる食品を摂取して、体を鍛えた。成長期の回復力があるためか、きちんとした栄養を摂るようになると、彼の体は瞬く間に肉が付き、それを鍛える事で引き締まった。
特に、短距離や長距離を走ると言う技術を磨いた。重い物を抱えて走る訓練も行なった。
その他に、魔力文化圏内で「合法」とされる範囲の護身術を学んだ。その技術は、立ち向かうためではなく、やむを得ない時の一時しのぎとして使うように言われた。
アーサーが時間を稼いでいるうちに、メリューを安全な場所まで逃がし、それが出来てから敵の攻撃手段を一時的に挫いて、結界で身を守りながらメリューと一緒に全速力で逃げろと教育された。
――アーサーは、大人になったらリニアと結婚するの?
ある日の午後、メリューは、念話で保護者に聞いた。ソファーの上でうつ伏せに寝転がって、チーターのぬいぐるみの手足を引っ張りながら。
このぬいぐるみは、ジークがシャニィに申し付けて買って来させ、ポイッと投げるように、メリューにプレゼントしたものである。「暇な時に引っ張って遊べ」と言って。
その言葉通りに、メリューは「ぬいぐるみと言うのは引っ張って遊ぶものなのだ」と思い込み、暇な時には、このチーターをいじめるようになった。
あまりに乱暴に引っ張り過ぎて尻尾が一回取れかけた時は、メリューも流石に涙目になって、アシュレイに「チーターが取れた!」と訴えた。チーターの尻尾が取れたと、言えなくらいショックを受けていた。
その時に、アシュレイから「力加減をしような」と言う諸注意を受け、ぬいぐるみのほうは尻尾の付け根の縫合を受けた。
娘が、そのチーターを引っ張っている間に、先の質問に対して、聞かれたほうの保護者は、残忍な事は教えずに、どう分かりやすく説明しようと考えた。
考えてから答えた。
――アーサーは、悪い人達に騙されてたんだ。騙されて、リニアと結婚させられそうになってたんだ。だけど、アーサー本人が、リニアを好きかどうかは、アーサーに聞いてみないと分からない。
――そうかぁ。リニア、あんなに小さいから、ちゃんとご飯作ったりできるかなぁって心配だったの。
――なんで、リニアがご飯を作るんだ?
――だって、普通のおうちの奥さんは、おうちの中の仕事をするんだって、シャニィが言ってたの。ご飯を作って、お掃除をして、お洗濯もするって。
そう聞いて、アシュレイは面白そうに表情を緩める。
――そうか。シャニィが知ってるのは、本当に普通のおうちの事なんだろうな。人形みたいに小さい奥さんをもらったら、旦那さんのほうが家の中でも一生懸命働くんじゃないか?
――ああ、そうか。
納得したように答えてから、メリューはまた考え込む。
――だったら、私、リニアのおしゃべり相手になってあげなきゃ。
娘の呟きを聞いて、アシュレイは眉を上げてみせる。
――なんでだ?
――だって、おうちに居たまま何もすることが無かったら、リニアはとっても退屈だよ? リニアからお話を聞いて、アーサーに教えてあげなくちゃ。
その言葉を聞いて、アシュレイは腕を組み、笑みを誤魔化すように唇を結んだ。
――メリューが伝書鳩にならなくても、アーサー達は二人で話し合って、生活を決めて行くんじゃないか?
――じゃぁ、私がリニアにしてあげられることはある?
――何かしてあげたいのか?
――うん。だって、友達だもん。
それを聞いたアシュレイは、メリューの寝転がっているソファーの傍らに近づき、娘の頭をくしゃっと撫でる。
――それなら、まずは、友達だって思ってることを、リニアに教えてあげたら良い。
――うん。じゃぁ、ジークとシャニィにも言う。それから、エルトンと、ネーブルと、メビウスと……メリュジーヌは、お友達? それともママ?
――血縁関係で言ったら、メリュジーヌは、お前の双子のお姉さんだよ。
――じゃぁ、私もいつか、メリュジーヌみたいになる? 背が伸びて、お胸がおっきくなって、お尻もおっきくなって……それから、顔も大人の風に変わるよね? 髪の毛はカールになる?
――それはまだ分からないんだ。
アシュレイは、その事については誤魔化さずに告げた。
――お前が、メリュジーヌくらいの大人に成長するのが、何時になるかは分からない。もしかしたら、ずっと今のまま成長しないかも知れないんだ。
――なんで?
素直な娘の素直な疑問に、アシュレイは答えた。人間の子供程度に成長するはずの期間でも、彼女の体の変化はほとんど止まっていて、その原因はまだ不明であると。
翌日の事。相変わらず天気は良い。潮風の中に甘い香りが漂っているのは、庭木が花を咲かせる季節だからだ。ついでに、料理油に混じる食材の香りも漂ってくる。
アシュレイ達の家の近くにあるレストランは、今日も通常営業している。テラス席に、数名の観光客と地元客が座っている。
そのテラス席から建物を挟んで隠れる側で、メリューは一生懸命何か作っている。町の家具屋の仕事場からもらってきた木っ端を彫刻刀で削って、花のような、五芒星のような形を削り出している。
五芒星の形に刻まれた木っ端が十個できてから、木くずを片づけ、メリューは木っ端を袋に入れて、まずアーサー達が引き取られている家に行った。




