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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集6
253/433

アシュレイと言う名の躯3

 人工的癒着双生児の観察と、メリュジーヌの複製体の成長の観察。この二つが、最近のオクトーバー博士のお気に入りだ。

 メリュジーヌから奪って来たか、もしくはメリュジーヌを傷つけた誰かから買い取って来た血液は、まだある。

 彼女の複製体がこのまま成長して、もし、意識を持つ兆しや、龍化の兆しを見せたら、博士はすぐに「実験事故」を起こそうとするだろう。

 アシュレイは、それを止めたかった。

 メリュジーヌと言う龍族の女性が、アシュレイに語り掛けてくるジークと言う声の主と、どのような間柄かは、想像するしかない。

 だが、ジークにとって、とても大切な存在である事は、メリュジーヌの名前を出す時のジークの声音から判断できた。

 その「心」が伝わってくるからか、いつの間にか、アシュレイもメリュジーヌと言う女性を、何処かで敬うようになっていた。その心持ちは、自分の目の前で成長して行く、複製体にも向けられた。


 ある日、オクトーバー博士が休憩するために別室に行った後、アシュレイは研究室の機器を磨く作業を行なっていた。

 其処に置かれているポッドの培養液の中に、メリュジーヌの複製体が居る。アシュレイは、ポッドの表面をクロスで拭いて、ぼんやりと目を開けている複製体に微笑みかけた。

 すると、ポッドの中の少女も、微笑むような表情を作った。

 アシュレイは、培養液の中の少女を見つめ返した。少女はアシュレイの表情を見て、真似をした。大きく目を開き、呆気にとられたように唇をわずかに開ける。

 アシュレイは、首を横に振った。少女も、首を横に振る。

 動物の赤子が、親を見て真似る反射のそれだと、アシュレイは気づいた。アシュレイは、透明なポッドの表面に、片手を当てた。少女も、その手と合わせられる側の手をポッドの内側にあてる。

 ――眠っていなさい。良い子だから。

 アシュレイは、念話を送った。

 少女は、頭の中に響いた声を不思議がるように、視線を彷徨わせた。それから、アシュレイのほうを見つめ返してくる。

 アシュレイは、頷いた。

 ――そうだ。私の声だ。

 複製体の少女は、しばらく考えるように斜め上を見てから、口を閉じてアシュレイに視線を合わせる。


 ――まー、まー。


 その念話を聞いて、アシュレイは目を瞬いた。少女も真似をして、目を瞬いて見せる。

 ――違う。私は、ママじゃない。

 まだ理解できない言葉を聞いて、ポッドの中の少女は視線を斜め上に上げる。

 アシュレイは、自分の胸に手を当てて見せた。

 ――私は、アシュレイ。言ってごらん。アシュレイ。

 少女はその言葉をそっくり真似する。

 ――わたし……は、あしゅれい。

 ――違う。お前は……メリュ……メリューだ。

 アシュレイはポッド越しに少女と手を合わせたまま、もう一度念話を送る。

 ――メリュー。

 少女も、念話で復唱する。

 ――めりゅ……う。

 ――そうだ。良い子だ、メリュー。

 そう呼びかけながら、アシュレイは微笑み、少女の顔を撫でるように、ポッドの表面を撫でる。

 少女は、その動きを面白がって、同じようにポッドの内側を撫でる。アシュレイの表情を真似て、口の端を持ち上げてみせる。

 やがて、ドア越しに廊下を近づいてくる博士の足音が聞こえた。

 ――メリュー。目を閉じて。眠っていなさい。

 そう指示を出しても、まだ言葉を知ったばかりの少女は理解できない。アシュレイは緊張した表情を、ドアのほうに向ける。

 少女もそっちのほうを見た。

 足音がドアの間で止まり、レバーが倒れる。アシュレイは、ポッドから一歩後退った。

 曇った表情で入室してきた博士は、ポッドの近くにいるアシュレイと、培養液の中に浮いている複製体が、アシュレイに向けて手を伸ばしているのを見つけた。

「これは……」と言って、博士は表情に歓喜を浮かべる。「意識を持ったのか!」と叫んで。

 博士は声を出して笑いながら、ポッドのほうにどかどかと近づいてきた。少女は、突然現れた老人に驚いている。

「知能の芽吹きは……」

 観察できたか? と、博士は助手に聞こうとしたようだ。しかし、後の言葉が発される前に、アシュレイは携帯していたメスで、老博士の背から、肺を刺した。


 アシュレイは、手早く作業を進めた。事切れたオクトーバー博士の亡骸を、標本を作る時と同じように分解し、各パーツを標本の部屋の中に隠した。

 流血で汚れた部屋の床を、血の匂いがしなくなるまで清掃し、遺骸の着ていた服と、返り血の付いた自分の白衣を、焼却炉で完全に灰にした。

 これまでの仕事上、何かが死亡した事の痕跡を残さない方法は得意だった。そして、自分の存在を消す方法も。

 金庫に保管されていた金属通貨を鞄いっぱいに盗み出すと、アシュレイは本当の罪人となる事を覚悟した。

 ある限りの麻酔薬を用意し、三体――計六名――生き残っていた人工的癒着双生児の体に投与した。施設の外まで赤子の鳴き声がしたら、無人である事が発見されるのは早くなる。

 始末を終えてから、ポッドのある部屋に戻った。培養液をポッドから排出し、複製体の少女を解放して、体を拭いて服を着せた。

 大人用の服しかないので、人間にすればまだ三歳程度の体格しか持たない少女には、シャツはワンピースになった。

 金品の入ったカバンを肩にかけ、少女の体を抱え上げると、アシュレイは研究所を抜け出した。何処かで、ジークの声が聞こえてくれる事を願いながら。

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