アシュレイと言う名の躯2
ジークが語るに、彼も体の一部と意識の一部が機械化されている龍族であると言う。アシュレイは、悩みを理解してくれる仲間が出来たようで、初めのうちは嬉しかった。
でも、ジークは時々しか話しかけてこない。聞きたがるのも、メリュジーヌの複製体の事ばかりだ。
アシュレイの中にある葛藤や、悩みや、表しようのない感情について、答えを出してくれることはまずない。
それに、話しかけたい時にはすぐに居なくなって、居なくなったと思ったら、思い出したように適当な用件で話しかけてくる。なのに、他人を莫迦にしたような態度を取って、ぷっつりと居なくなってしまう。
アシュレイは、この無責任な頭の中の声が、段々煩わしくなって来た。
そして、ジークと名前では呼ばず、「機械もどき」と罵るようになった。
そんな折に、ジークは一つだけ答をくれた。「誰かに罵りを返せるうちは、まだお前は壊れていない」と言う事を。
このジークと言う名の声は、一体どんな奴なんだろうと、アシュレイは眠る前に思った。
龍族だと名乗っていたから、ドラゴンの姿をした機械なのかも知れない、と想像した。だけど、人間みたいに話してる。「龍語」と言う、ドラゴン達の言葉では話さない。
だとしたら、人間と同じ形なんだろうか。でも、人間に変化しても、龍語しか話さない子供達もたくさん見てきた。知ってる言葉が、人間の言葉か、龍語かの違いなのか。
――なぁ、機械もどき。
頭の中で声をかけてみるが、返事はない。あの砂音がしてこないと、ジークの声は聞こえてこない。
それでも問わずにはいられなかった。
――お前は、メリュジーヌを知ってるのか? 彼女の家族なのか? それで、メリュジーヌの事が心配で、彼女の複製体の事が知りたいんだろ? それとも、お前は私の作った幻想なのか? なぁ、答えてくれよ。
砂音は聞こえてこない。涙を流せない眼球をぎゅっとつむって、アシュレイは瞼に手を当てた。縫合の痕が残っている皮膚が、ざらついている気がした。
その日も、アシュレイは「実験事故」の処理をしていた。
妖の気に由来する、特殊な瞳を持つ子供の発する能力を、脳に刺激を与える電圧によってコントロールできないかを調べる時、誤って電圧を上げ過ぎ、被験者の脳の一部が焼き切れてしまったのだ。
左右の脳を焼かれた子供は、まず、言語野に異変を起こした。喋る言葉がおぼつかなくなり、聞き取り能力も極端に脆弱になった。
感情の発現も、初めのうちは「穏やかに抑えられている」ように見えたが、やがて表情を作らなくなり、怒りも泣きも笑いもしない、平坦な表情を見せるようになった。
「アシュレイ。事故の処理を」と、オクトーバー博士は言った。
アシュレイは、何時ものように処理をしなければならない。方法としては、首の神経を折ってから、鮮度が重要な眼球を取り出し、次に内臓と筋肉の摘出をする。
寝台に横たわった子供は目を開けているが、意識を保っているのかも分からない。博士は、「この被験者は、もう意思や感覚と言うものを持てなくなっている」と言って居た。
だが、アシュレイは見てしまった。メスを持って自分の近くに来た執行人のほうに、寝台の上の子供が、ちらりと視線を向けるのを。
その視線は何の感情も湧いていないが、恐らく自分が「殺される事」は理解しているだろうと察された。
アシュレイは一度メスを置き、使う予定の無かった麻酔薬を用意すると、子供の身体に、時間をかけてそれを投与した。二度と目が覚める事が無い量の麻酔薬を。
アシュレイが作業をしている頃、貴重な薬を助手が無断で大量に使用した事に気付き、オクトーバー博士は静かに怒っていた。
標本を作る作業を終えて、廊下に出てきたアシュレイの左肩をグッと掴んで、「どう言うつもりだ?」と聞いた。
アシュレイは、答えるべき言葉を持たなかった。どうして自分が被験者の処分のために麻酔薬を使ったのかも、自覚していなかったからだ。
沈黙しているアシュレイに対して、「私の指示が足りなかったかな?」と、博士は言い出した。
「アシュレイ。今後、事故の処理のために麻酔を使う事を禁じる。最低限の処置で、最大限の能率を上げるように」
「被験者が抵抗しそうなときは?」と、アシュレイは、与えられているざらざらの声で、可能な限りの意思を見せた。
しかし博士は、その意思を意に介さない。
「抵抗する余力のある被験者に対しては、首の骨を折りなさい。骨格標本を制作する場合以外、骨の傷を気にする必要はない」
アシュレイは黙った。博士は助手の肩から一度手を離し、ぽんと叩くと、「分かったね?」と言って、廊下を自分の居室のほうに去って行った。
死と言うものは何だろうと、アシュレイは考える。自分の持ち場である日の当たらない部屋で、自らの手で標本にした子供達の躯に囲まれ、考える。何時も持って居るメスを、手の中で遊ばせながら。
アシュレイは、何故か標本の並ぶその部屋にいると、不思議な穏やかさを感じるのだ。
死者の躯に囲まれて安息を得る事に、アシュレイは奇妙な感覚を覚えている。自分の意識も、あの狂気の科学者と同じく、狂ってしまっているのかと考える。
アシュレイの目に、魔力や霊力を認識する力が残っていたら、恐らく自分の周りにいる「魂」達に気づいただろう。その数々の灯達は、怨みも辛みも言わず、アシュレイを見つめている。
電子脳と光学眼球は、視覚的に魔力や霊力を感知できない。それでも、わずかに残っている自分の皮膚の感覚で、魂達の暖かさを感じ取っていた。
――ジーク。教えてくれ。
アシュレイは念じる。
――私の罪は何だ?
砂音の聞こえてこない意識の中に、ジークからの返答はなかった。




