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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集6
251/433

アシュレイと言う名の躯1

 生まれた者は、小さな胚だった。それが細胞分裂をして、生物としての形を成す時。それを狂気と思わない、一人の人間によって、人間よりずっと生命力の強いその生物は、本来を奪われた。

 一度目は、骨を奪われた。胚は内部の骨組織を「分裂増殖する合金骨格」と取り換えられた。

 二度目は、内臓を奪われた。一つ一つの臓器を、長い時間をかけて「高魔力増殖器」の部品と取り換えられて行った。

 三度目は、目と脳を奪われた。五歳児ほどの姿を得た胚は、頭蓋の内部に「電子情報処理装置」を取り付けられ、それが正常に動くかを、眼窩に植えられた「光学眼球」から確かめられた。

 四度目は、皮膚を奪われる予定だった。度重なる手術で傷んだ皮膚を、人に変化(へんげ)できる龍族のそれと取り換えられることになった。

 しかし、人の姿に変化(へんげ)した時の龍の皮膚と言う、特殊な素材は十分に集まらなかった。

 博士と呼ばれる人間は、被験者の体の特にダメージが多かった部分に、僅かに手に入った龍の皮膚を植えた。龍族として成長するはずだった子供に、龍族の皮膚を植える事が、本当に必要だったのかは謎だ。

 最悪を考えるなら、唯の愉快犯じみた実験だったのだろう。遺伝情報が異なる別の龍の皮膚を飢えても、適合性があるかどうかの。

 そして、その子供は成長し、人語を解し、人のように行動し、人のように学び、知識と感情を得た。

 そう、感情を得た。

 それがあるが故に、疑問を持たざるを得なかった。自分を創り出した人間、オクトーバー博士と呼ばれるこの人間の行なう事が、人間として正しいのかどうかを。

 人間で言うなら十八歳ほどの姿を得た、かつて龍の胚だった者は、オクトーバー博士の下で、助手として働いている。

 生まれながらに、灰色の髪を持つ、人の姿をしたその者の名は、アシュレイと言った。


 博士は、龍族と人間の医学的な親和性を追求する研究を行なっている。

 アシュレイのケースは、龍族の体にどれだけの「科学的許容値」があるかを確かめるための実験だった。

 もし、四段階のうちの何らかの措置をした時に、拒絶反応を起こしたり、生命活動が危うくなって居たら、アシュレイは知能と感情を得ることなく死亡していただろう。

 全ての段階を乗り越えてしまったが故、アシュレイの意識には、何時も苦悩が付きまとっていた。

 毎日、選別され、選出された、何人もの子供達が死んで行く。まれに長く生き延びる者がいると、博士はその被験者の標本を作りたがった。

 予め作られている標本が示す「進歩」と、同じ段階まで耐えられる個体が現れると、次の段階の処置をして、それに順応できる個体は、すぐに標本にされた。

 その、標本を作る仕事。それが、主にアシュレイが任されている仕事だ。書類上は、実験事故の処理として。

 死亡した子供の体から、骨や、肉や、内臓、脳、脊椎……粗方の構造物を「傷つけないように」取り出して、薬液や保存薬を纏わせて瓶に入れ、日の光の入らない部屋に陳列する。


 龍狩りが禁止されるよりずっと以前。ある龍族の血液が手に入ったと言って、博士はひどく興奮していた。

 博士の顔は、血色を透かして鮮やかなピンク色になり、普段はむっつりしたまま動かない口元は、歯を見せて笑んでいた。その龍族の血液を使って、博士は培養液の中に「彼女」を作り出した。

 透明なポッドの中に浮かぶ胚が成長し、人間に近い姿に変形して行った。最初は胎児の形、次に赤子の形、そして金色の髪と水色の瞳を持った少女の姿に変わって行く。

「やはりだ。やはり、彼女は実在したのだ!」と、博士は高揚感を隠さずに言う。「メリュジーヌは実在したのだ!」と。

 アシュレイは、その女性は誰かと聞いた。博士の答はこうだ。

「伝説の中では、かつて、龍化の呪いをかけられた女性が居た。その女性の名はメリュジーヌ。半身が龍化した姿を誰かに見られたとき、龍化が完了する呪いにかかっていた。

 彼女は、当時の夫に半身が龍になった姿を見られ、完全な龍と成って姿をくらましたとされる。それは伝説ではなく、事実だったと言う事が実証されたのだよ。

 ああ、あの白いドラゴンは、何処に行ってしまったのか……。私なら、きっと彼女の龍化の謎を解いて見せるのに」

 体をずたずたにすることと引き換えに、だろうな……と、アシュレイは心の中で思い、沈黙した。


 やがて、アシュレイの頭の中で、変な声がするようになった。

 その声が現れる時、砂音のようなサーッと言うノイズが聞こえて、それから「こちらジーク。聞こえるか?」と呼びかけてくる。

 アシュレイは、そのおかしな声を、最初無視していた。自分の電子脳が、何処かの無線の音でも拾っているんだろうと思ったのだ。

 しかし、その声は言った。

「メリュジーヌを追っている科学者を知っているだろう?」と。

 アシュレイは、自分の電子脳が故障しているのではないかと疑った。しかし、それを博士に話せば、自分はまた「何時標本にされるか分からない実験体」に戻ってしまう。

 なので、アシュレイは頭の中でその声に返事をした。

 ――オクトーバー博士の事か?

 すると、頭の中に響いていた音は種類を変えた。耳に聞こえる音声と言うより、心の中に響いてくるような声音に。

 ――オクトーバーって言うのか。そいつ。

 会話が成り立ったことで、アシュレイはその声が電子脳の故障ではないと判断した。

 それから、アシュレイはその「頭の中の声」と、やり取りをするようになった。


 メリュジーヌの生体情報が、いずれ複製の体から知られることになるだろうと言う旨と、その複製体がどの程度育っているかを常に伝え続けた。

 頭の中の声「ジーク」は、それを何処かで誰かに話しているらしい。ジークから、複製体が成長しきる時、龍化の呪いが発現するかをよく観察しておいてくれと言われた。

 博士から、龍族と、その双子であるはずの人間の姿をした赤子の、癒着双生児を作る実験をすると聞かされた時も、ジークにその情報を与えた。

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