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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集6
250/433

天気の良い午後は~ジークの暇な日4~

 装着しなおした機器の配線が絡まっていないか、魔力メーターや通信機は正常に動くか、ついでに望遠ゴーグルの焦点はちゃんと合うかと言う事を、ざっとチェックして、ジークはしばらく考えた。

 テストのために、数ヶ所に試験通信をしたほうが良いのだが、誰がつながるかと。

 世界時刻を見るために、テラの球体図形をゴーグルに映した。

 ジーク達の居る国では、丁度昼十二時だ。周りの国々も、昼前か昼下がりくらいで、夜中に活動するタイプの種族で無ければ、容易に連絡は取れそうな時間帯である。

 夜中に活動する眷属の当てとしては、蝙蝠男のエルトンと人工生命体のアシュレイが居る。

 エルトンは食事中だと一切返事を返してこないし、アシュレイは言葉を発するのを嫌う。

 念話で話すしかないのかよ。

 ちょっと面倒くさかったが、魔力が星の裏側に届くかのテストのために、アシュレイに向けて通信を飛ばした。


 パチンとスイッチを入れ、球状図形を見ながら片手で放射魔力の位置を整える。耳元で「サーッ」と言う砂音を鳴らしていたヘッドフォンから、通信先の音がクリアに聞こえてくる。魔力は通った。

 ジークはそんなに得意でもない念話で話しかける。

 ――こちらジーク。聞こえるか?

 心底迷惑だと言う風にアシュレイは答えてきた。

 ――何の用だ。機械もどき。

 それを聞いて、ジークはヒューッヒュと笑ってみせる。何せ、アシュレイは機械もどきではなく、ごく人間に似た機械なのだから。

 そこで、こう返した。

 ――確かに、お前からしたら、俺はまだもどきだよ。

 それを聞いたアシュレイの頭の中で、内蔵機能に活動溶液(オイル)を行き渡すチューブがプチッと鳴る。

 ――頭から毒蛇をぶち込んでやろうか。

 ――それで死ねるなら幸せだろ。お互いな。

 ――お前と同族扱いするな。

 ――まぁまぁ、久しぶりに話してんだ。そうかっかするな。なんか、変わった事とかあるか?

 ――子供が三人死んだ。

 ――お……おう。何の子供だ?

 ――博士が何の研究をしてるか知ってるだろ。

 ――オクトーバー博士が?

 ――名前はどうでも良い。研究の事は前に伝えたはずだ。

 ――あんまり夢見の良くなる研究じゃないよな。

 ――あれで夢見が良くなるなら、お前は龍族じゃない。

 ――へいへい。知りたくなかったけどな。癒着双生児の作り方なんて。


 オクトーバー博士の研究と言うのは、龍族と人間の間に出来た子供に、どれだけの「相互親和性」があるかを確かめる……と言う面目の下で行われている、生体実験の事だ。

 現在は、双子として生まれた、人の姿をした赤子と、龍の姿をした赤子の体を、手術で一部縫合して、拒絶反応は出るのか、それとも共生できるのかを観察している。

 その実験台にされた赤子のうち、三人が死亡したと言う結果をアシュレイは言っているのだ。

 ジークはこいつに話しかけるんじゃなかったと思いながら、通信を切ろうとした。

 ――変わったことはそれだけか。それじゃ、ご協力ありが……。

 ありがとうございましとぅぁあ~とか言って、ジークが通信を切ろうとした時、アシュレイが「反射的な声」を出した。

「博士。何故?!」と。風邪を引いた人間の声ような、ざらつきのある掠れた声だった。

「実験事故だよ」と、オクトーバー博士の返事が聞こえてくる。

 ジークは思わず望遠ゴーグルの焦点を、アシュレイの周りに合わせた。

 オクトーバー博士は、被験者である人工的癒着双生児の体に、水銀を注射したのだ。恐らく、血管の標本を採るために。

 博士は、助手であるアシュレイに「被験者の拍動が止まってから、事故の処理をしなさい」と言って、実験室を出て行った。

 白い寝台に横たわる赤子達は、最初は手足をぴくぴく動かしていたが、やがてそれは止まった。いずれ、呼吸も鼓動も止まるだろう。

 つぎはぎの皮膚を持った、灰色の髪の青年は、それを見守っていた。その目は涙を流せない。その代わりに、幼子達の手を、労わるように握った。

 今、アシュレイと言う名の機械生命は、人間と言う種族が、高慢を極める事で「どれだけ無慈悲に成れるのか」を、少しずつ学習しているだろう。

 ジークは打ちひしがれる青年に声をかけた。

 ――アシュレイ。敵討ちは、お前が人になってからだ。

 ――気やすく呼ぶな。機械もどき。

 ――それだけ言えるなら、安心しろ。

 ――何をだ。

 ――お前が壊れてないって事をだ。


 通信を切ってから、ジークは機器の間から羊のぬいぐるみを引っ張り出し、いじめるように鼻の辺りを人差し指で連打してから、ぬいぐるみを持ち上げて顎に当てた。

 ジークは、こう言う時に感情が働かなくなる。怒りを覚えるより先に、その対象を見限ってしまう。

 アシュレイと言う発明品が、あの博士の庇護のもとに存在しなかったら、とうに人間達に博士を売っているだろう。「悪魔に憑りつかれた狂人」だとして。

 博士にどれだけ地位と名声があろうと、その狂気の生みだした実験結果を知らしめることで、人間達はこの罪悪を裁く事が出来るはずだと、ジークは信じたかった。

 信じると言う心がどんな形だったかは、ひどくぼんやりとしていて、分厚い曇り空の下で形を無くす影を連想した。


「なぁ、シャニィ」と、ジークは聞いてみた。ハウスキーパーがジークの部屋の掃除に来た時だ。

 色んな大きさのブラシを操って、細かい機器の掃除をしているシャニィは、手を止めないまま「何ですか?」と聞き返してくる。

「お前は人間だけど、人間ってものは好きか?」と、ジーク。

「人間が好きかどうか……」と、案外この十代の娘は考え込む。「それって哲学的にって事ですか?」

「ん……。まぁ、哲学的にでも、主観的にでも、客観的にでも」と、ジークが無気力に言うと、シャニィは「私は好きですよ」と、少し悩んだわりにはあっけらかんと答える。「少なくとも、この町の人達は」と。

「じゃぁ、嫌いな奴もいるのか?」

「そうですねぇ……。たぶん、メリュジーヌ様が嫌う人間は、私も嫌いだと思います。そう言う所でも、私、あの方を信じてるんです。信念と言うか、信条と言うか……私や、()()()を絶対に裏切らない方だって」

「ああ、はい。ごちそうさま」と言って、ジークは指を組んで祈る仕草をした。「お前さんのアイジョウってやつはコッテリしてるね」

「愛情はたっぷりあったほうが、料理も美味しくなるんですよ?」と、シャニィはからかいを受け付けない。「何時か、ジークさんもお仕事が変わったら、私達の料理、食べて下さいね?」

「それは約束できませんにぇえええええ~」と言って、ジークは片頬を歪め、ペロッと舌を出して見せた。

 なんでですかー?! と言って、シャニィは埃だらけのブラシをぶんぶん振るい、それを見て、ジークは埃が散る散ると囃し立てる。

 たとえ学習しなおした演技であろうと、ジークの感情表現は「平和な家庭」の中に溶け込んでいた。

 まるでそこに本当に、温かな心が存在するかのように。

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