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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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30.主達の目覚め

 大地の赤子を宇宙空間に送り届けてから、ガルムは地面に向ってゆっくりと神気体を下ろし、改めて自分の様子を観察した。

 思わず神気体で、星の核の内部に触れた事により、左手は自己修復できない傷を負っていた。大地の赤子の手を掴んだ手は、肉を柔らかくするためのハンマーで叩いたように、グチャグチャに成っている。

「痛覚は通じているのか?」と、ガルムはボロボロの左手を、握ったり開いたりしながらアンナイトに聞いた。

「接続を切断してある。痛覚が接続されて居たら、操縦者は意識を失っている」との答えだ。

「いつもだったら途中離脱してる所だけど」と、ガルムは前置きを言ってから、元居た地面に着地する。そして、姉の霊体に声をかけた。「ねーちゃん。これから、バトルなんだろ?」

「そうなるね」と、アンはちろっと、唇の隙間から舌を見せながら言う。「大地の赤子が居なくなったって事は、彼等は私達に狙いを定めるから」

「まるで分ってるみたいな言い方」と、ガルムは軽く返す。「俺も参加させてもらえますか?」

「参加は自由だよ。途中棄権は認められないけど」と、アンは言いながら、サクヤの胸に刺していた剣に両手をかけた。

 ガルムは剣を引き抜くのかと思ったが、アンは何かの呪文を唱えながら、剣をさらに深く刺して行く。


「灰と成して神作る挿話 零下に響くは幸い 炎の狂う体内 風の子の生みし者を 月城に羽根の舞う 静寂を纏いて来る 血からは得られた 力は得られた 汝 眼開き大気の底へ」


 地面を貫き、大地と贄――サクヤ――の体を繋いだ刃は、二つのデルタで結ばれた一帯に魔力を送る。それは音のしない爆風のように感じられた。

 魔力を持たない者でも、「一瞬強い風が吹いた」事くらいは分かっただろう。

 東の大陸全体を包み込んだその魔力の波動は、眠っていた「主」達の意識を覚醒させた。

 それと同時に、アンは地面と少女の体から、刃を抜き放つ。少女は、ゆっくりと意識を取り戻し、身を起こして、自分の体と両手を観察する。

「私……」と言って、彼女は目の前の自分の手を見て言葉を失った。羽根と鎧に覆われたその体は、今まで本人も感じたことの無い強い神気に包まれていて、体からはエネルギーが(みなぎ)っていた。


 西の島国クオリムファルンではカーラが、大陸の南の国ウィディシュではマナムが、夫々の覚醒を得た。どちらも、羽根と月色の鎧に身を包んだ姿になって。

「貴女は、南東の島国へ。主に海での戦いになると思う」と、アンはサクヤに告げる。「飛翔する方法は、分かるはずだよ?」とも。

「この領域には誰が?」と、サクヤは聞く。自分達が六地方に散ってしまっては、中央を担うものが居ない。

「それは安心して。私と……この、弟君が居るからね」と述べ、儀式の仕上げを観るだけ観て圧倒されていたガルムの神気体の肩に手をかける。

「貴方、腕が……」と、サクヤは言いながら、ガルムのボロボロに成った左手に手を触れる。サクヤの神気が通り、傷が修復された。

「あ。ありがとう」と返すガルムは、ちょっと照れ臭そうだった。


 サクヤが南東の空へ飛び立ってから、アンは隣にいるガルムの神気体に話しかけた。「あんな感じの子が好みなの?」と。

「へ?」と、ガルムは聞き返す。

「君と、そう言う話をする機会は、ずっとなかったからねぇ」

 アンは嬉しそうに弟に絡むが、その神気体にはおまけがついているのだ。

「ガルム・セリスティアの対人的嗜好についての回答」と、アンナイトは余計な事を答えようとする。

「だぁぁあああああー! 黙れぇぇええええー!」と、ガルムはアンナイトの声を掻き消そうと叫ぶ。

「何故、回答を邪魔する?」と、アンナイトは分かっていて分からないふりをしている。

 アンも何となくニヤニヤしている。何せ、自分の弟が相当なシスコンである事を知っているのだから。なので、彼女も敢えて分からないふりをする。

「理想の恋人とか出来てたら、ちゃんと紹介してほしいなー」

「あー。はいはい。そんな日が来たらね」

 そんな会話をしているうちに、砂の中に身を隠しながら、その中を泳いでくる者の気配を感じ取った。

「ガルム君は、ナイフくらい使ったことあるんでしょ?」と、アンは聞く。片手に、地面に転がしてた箒を掴み、房のほうを肩に掛ける。

「あるよ。また剣を使えって事?」と、ガルムは言って片手を差し出す。

「武器があった方が消耗が少ないからね」とアンは言って、守護幻覚達が死にそうになりながら運んだ神器を、ひょいと弟に差し出す。

 ガルムはそれを受け取り、確かにメスとして使うだけじゃ、もったいない出来だと確認した。

 それと同時に、砂の中を泳いできた巨大な二つ頭の毒蛇が、がばっと鎌首を持ち上げた。裂けた二つの口が、牙を見せる。

 アンとガルムは左右に身をかわし、蛇は二人が居た場所の地面に頭を突っ込む。アンは片手に魔力を集め、ガルムは剣の先から蛇に向かって真空を放つ。

 バクリと二つ頭の真ん中の脊椎が切断された。一瞬その体から力が抜けるが、魔獣は頭を起こすように傷を接着し、見る間に再生しようとする。

 その瞬間、アンは片手を突き出し、一定時間までの「時戻し」を放った。蛇の頭が裂けた所まで戻してから、その傷口に巨大な火炎球を浴びせた。

 開いた傷口を焼かれ、双頭の大蛇は再生行動が不可能になった。しかし、頭はまだ生きている。

「さぁて、その頭に詰まっている、大事なものをいただきましょうか」と、アンは楽しそうに、大蛇の二つの頭部に指を向ける。

 アンの指先から放たれた青い光が大蛇を捉えると、その頭の中に蓄積していた知識が読み取れた。「ガルム君。管制室とはつながってる?」

「もちろん」と答えると、姉は開いてるほうの片手から箒を離し、手の平を下にして差し出してくる。

 データの転送か、と気づいて、ガルムは手の平を上にしてアンの手の近くに手をかざした。


 後に、サクヤが見つけることになる、父親の記述には、こうある。

「第二期衝突期の始まりとしては、静かで穏便な出来事だったように思う。一般の人間達には、知る事も出来なかっただろう。その中でどのように彼等が生きたのかは、中々歴史書にも記されない事だ。

 私、ヤイロ・センドは、彼等と言う人間が、奇跡のような人々が、どのように道を切り開き、閉ざされ始めていた未来を開拓したのかを、記そうと思う。

 彼等は言っていた。覚醒から数分もしないうちに、まるで、これから戦争が始まるなど、想像もつかないような、美しい日の出が見えてきたと。

 東の空の端から、金色の光が昇り始め、大地の彼方から雲を照らし、菫色の空を青く染め、太陽が姿を現した時、彼等の長く短い戦いの幕は切って落とされたのだ」

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