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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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28.起動!

 キーアも、成層圏ギリギリを飛翔する間に、体に変化を起こした。彼女の体は青白く光るプラズマ体に包まれ、体中が熱の無い炎で燃え上がっているように見えた。

 長剣に変形していたナイフの(つか)に、やはりプラズマ体のエネルギーが宿る。

 本来、地表黄道と呼ばれる、星の中で一番太陽が照り付けるはずの土地を渡る間、その場所が少し北に動いている事が分かった。

 そして、雲より下の至る所では、草木が枯れ、地面の割れる干ばつが起こっていた。

 急がなきゃ、とキーアは思った。

 大地の赤子は、もう私達の儀式には気付いているのだろう。恐らく魔神達にも気づかれている。でも、何故魔神達は阻害しに来ないのか。

 そんな疑問を頭に浮かべたが、集中力を分散すると飛翔速度が遅くなってしまう。儀式の仕上げの時間としての猶予は、一晩しかない。

 太陽を追いかけるように、西に飛んでいるキーナ達はまだ良い。最後の一本の(ライン)を務める事になる少女は、東へ飛ばなければならないのだ。

 この儀式が終わるまで、絶対に見てはならない夜明の方向へ。そして、その(ライン)が通った後も、儀式は続く。それらを全て完了させるのには、一晩はひどく短い時間だ。

 儀式が完了せずに、日の出を迎えてしまったら、恐らくキーナ達は神気を失い実体を無くす。それだけじゃない。大地の赤子が報復してこないはずがない。

 私は帰るんだ。ちゃんと帰るんだ。カーラの所へ。ようやく抱きしめることが出来た、私の半身の所へ。だから、一秒でも早く、全ての戦いに、決着が……みんなが笑顔で迎えられる決着が、尽きますように。

 そう願いながら飛翔するキーナは、炎のようなプラズマ体の翼を得た。体が滑るように先に進む。

 キーナは、一閃の稲妻のように、大陸の南西に着地した。


 とりわけ高いビルの上に、月がかかり始めた。其処に運ばれた緑の着物姿の少女は、人を待つように言われていた。その者は、炎の鎧をまとった、褐色の肌の女性だろうと聞いている。

 少女は、此処から、つい最近覚えた術を使って、郷里の国まで飛ばなければならない。正確には、ヤイロ・センドと言う人に「(つるぎ)」を渡さなければならない。

 そんな事を思い出していると、雲が空を覆い始めた。雨が降ると気づいて、少女は自分の身の周りを結界で包んだ。

 やがて、何処かで雷が鳴り出した。丸い結界の外を雨粒が滑る。幼い少女は、大きな落雷の音がする度に身をすくませた。耳を覆って、目を閉じて、体を小さく丸める。

「マコト?」と、知らない女の人の声がした。「マコト・ロータス?」

 目を開けてみると、確かに青緑色の炎の鎧を纏った、褐色の肌の女性が、マコトを見ていた。その片手に、白い鞘に収められ、柄に碧い炎を燈した一振りの剣がある。

 マコトは、勢い込んで何度も頷いた。

「貴女の番だよ、頑張って」と、キーナは声をかけた。だが、マコトは異国の言葉が聞き取れた風はない。剣を受け取り、困ったように笑んでから、空中にふわりと浮いて、小さく手を横に振った。


 最後の(ライン)を描くために、マコトは東に向けて飛び立った。幼い両手に剣を抱きしめて。

 雷を避けるために、雲の上まで飛翔して、薄くなった空気にぜいと喉を鳴らす。

 時間はない。私は、世界の時間に逆らわなければならないのだから。

 地面の景色が遠くを流れている。その流動は滑らかだが、それは錯覚だとマコトは察した。

 イズモから教えてもらった事としては、東に移動する時は、地面が自分とは反対の方向に回っているので、高速で移動していると思っても、そんなにスピードは出ていない事がある。

 マコトは口の中で「(しょう)」の祝詞(のりと)を呟き、結界の移動速度を上げた。自分の能力内で、出来るだけの力を術に注ぐ。

 太陽の光が西の陸塊を越えて、こちら側に追いついてくる前に、儀式を終えなければならない。

 例にもれず、マコトの体にも変化が起こった。

 剣を捧げ持ちながら飛ぶ彼女の体は、十歳も年上の姿に変形し、髪が伸びる。身体の成長に合わせて膨張した着物の裾が風を含んで、まるで天女の羽衣のように見えた。優雅に天を泳いでいる風には見えないが。

 海の真上を飛んでいる時、速度を測りかねた。急いで。急いで。そう念じて、手前に差し出して風を裂いている両手に、力を集中させた。

 鞘の表面から、剣の内部に渡り、凝縮した風が纏いついた。


 最後の「(ライン)」が、東の島国に到達する。夜明けまで、まだ四時間の余裕あり。ジークは思わず両手を握りそうになり、機器の角が人差し指と親指に刺さって痛い目を見た。


 屋敷のバルコニーで、本を読みながら長い夜を過ごしていたヤイロは、自分の傍らに「娘によく似た気配」を感じて、そちらを見た。

 緑色の美しい振袖を着た、髪の長い女性が、白い鞘に収まった長剣を捧げ持っている。「ヤイロ・センド様ですか?」と、女性は問いかけてきた。

「ええ。如何にも」と、ヤイロは答えた。

「あなた様に、この(つるぎ)をお渡しするようにと、師と仲間から伝えられて参りました」と言って、女性は跪き、両手で剣を捧げてくる。

 ヤイロは「分かりました。後の事はお任せ下さい」と答えて、剣を受けった。その途端、緑色の着物の女性は意識を失い、身につけている物ごと、六歳ほどの少女の姿に戻った。

 ヤイロは執事を呼び、客間に少女を運ぶように命じた。そして、サクヤの下に行った。彼女は、予め自分の部屋で眠っているように言われていた。

「サクヤ。分かっているね?」と、ヤイロがベッドの端に座って優しく声をかけると、サクヤはうっすらと目を開け、「はい……」と小さな声で答えた。

 ヤイロが、凍れる鞘と炎の柄、そして風の刃を着た剣を、サクヤの傍らに置く。サクヤは、片手でその剣の柄を握ると、眠りの中に戻った。


 東の大陸全土の大地に描いた六芒星の中央。乾燥した冷たい夜の空気が満ちたその場所で、アンの霊体は待っていた。

 晴れ渡った夜空の一点を見上げる。空から落ちてくるように、パジャマ姿のサクヤが落下してくる。アンは、着地地点を見定めて、サクヤの体を受け止めた。

 そしてその目の前の地面に、空から落ちて来た一本の剣が突き刺さる。

「サクヤちゃん、ちょっとごめんね」と言って、少女の体を砂の上にそっと横たえると、アンは剣の柄を手に取り、魔力を込めて地面から抜き放った。

 手に剣を構え、深く息を吸って吐く。ふわりと振り返り、アンは眠っているサクヤの隣に静々と歩を進める。まるで、練習していたような所作だった。

 歩数を数えるように少女の傍らに来ると、逆手に剣を構え、目を閉じて集中力を上げる。

 アンの両手と肩、そして手にした剣から、波打つような魔力が発される。

 大陸中を使って大地に刻まれた、ガタガタの六芒星。その形を整えるように、イメージの中で(ライン)をずらす。

 六芒星が、正しい形を取る。気が満ちた。

 アンは目を開けると同時に、少女の胸元に向けてその剣を振り下ろした。

 その途端、サクヤは覚醒する。

 守護幻覚と、その主達が作った二つのデルタの中に、光が走った。

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