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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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26.行きついた答

 キーナは「本当の十五歳の女の子」みたいだった。よく笑い、よく怒り、時々怒りすぎて泣く。情緒不安定気味と言う意味でも、思春期の女の子みたいだ。

 カーラは最初、キーナを怖がっている風だった。キーナが伝えたかったことをカーラが誤解していたのだと知った今でも、突然キーナが変貌するのではないかと疑っている。

「カーラ。天気が良いから散歩に行こう」

「カーラ。この本面白かったから見てみなよ」

「カーラ。ホットサンドを作ってみたんだけど」

 そんな様子で気軽に声をかけてくるキーナに、カーラは少し俯いた顔と、躊躇いがちな頷きで答える。「分かった……」と。

 キーナに振り回されるように、あちこち出かけるようになったカーラは、また彼女達に出会った。

 あの時、ゴロツキ達から助けてくれた女の子達だ。関節技の女の子と、ノックアウトの女の子と、精霊使いの女の子と、数分と経たずに交番から警官を呼べるほど足の速い……よく覚えていない女の子。

 その時の彼女達は、四人で集まって、ショッピングモールのベンチでお喋りをしていた。

「こんにちは!」と、誰より先にキーナが挨拶をした。「この間は、えーと……お姉ちゃんがお世話になりました」と言って、ぴょこんと頭を下げる。

 女の子達は驚いた顔をしたが、キーナが目を向けた方にカーラが居る事に気付き、キーナがカーラの「妹」なんだと認識したらしい。

 キーナは、カーラの話題を中心にして、女の子達に打ち解けた。話題が話題である事もあるが、誰もカーラとキーナを間違える事は無かった。服装の他、口調や表情や仕草が違うからだ。

 キーナは動作が大きく、喋り言葉の間にも手や首や表情を頻繁に動かす。考え込むより、思った事はそのまま口にしてしまって、悪い事を言ってしまったら「あ。これは悪口か」と、自分で言っている。

 そんなこんなで、「とても開放的で明るい妹」が、突然できてしまったカーラは、まだあまりよく知らない女の子達に対して、キーナが変な事を言い出さないか肝を冷やした。


 カーラはマーヴェル家に帰ってから、自室に引きこもり、ベッドにうつ伏した。

 複数人での人付き合いと言うのはひどく疲れてしまう。

 キーナがドジを踏まないかと言う心配の他に、カーラはジェームスと話していた時の癖で、他人の「言葉では無い声」に耳を澄ましてしまいそうになるのだ。

 人間の心と言うのは一般にひどくうるさくて、雑多な雑音が鳴り響いているように聞こえる。よっぽど術を極めている人でなければ、その人が一番強く考えている「本心」を聞くのは困難だ。

 ジェームスは、私の心を読んだ時、どんな音が聞こえていたんだろう。カーラはそう思って、少し恥ずかしくなった。

 もしかしたら、ジェームスには、私がキーナの声を「悪魔の声」だと思ってた事も、伝わっていたのかも知れない、と考えたのだ。

 カーラにとっては、突然現れたキーナは、自分とそっくりな知らない女の子だった。だが、キーナのほうは、ずっと一緒に育って来た姉妹のように振舞うし、実際そう思っている様子だった。


 ハンナがキーナを調べた所、キーナの体は霊的な力を帯びた神気の塊であった。勇士として旅立つには十分な能力を持って居る。

 しかし、一度「悪意」に脅かされそうになっていたキーナには、回復の時間が必要だ。故に、期日ギリギリまでは、普通の女の子として生活してもらう事にした。

 ジークとの通信の中で、ハンナは言う。

「キーナの言っていた、『水巻鳥のおじいさん』の連れて来た『呪い』と言う物が、アンの憂慮してた『鉱山の町から運ばれた邪気』であることは、ほとんど確定したわ。

 そっちから送ってもらったサンプルと、組成がそっくり同じなの。

 もし、その邪気に反応して、カーラが守護幻覚を発現してたなら、クオリムファルンでの強邪気放出地点の増加と、守護幻覚を持つ子供達の増加も、関連付けられるかもしれない。

 魔力を持つ子供達が、各地での強邪気の放出を感じ取って、生命の危機を感じているって事ね」

 ハンナがそう話すと、通信先のジークは「んー……」と何時も通り、唸る。

「一つ、まだ仮定の話があるんだが。俺達が『邪気』だと思ってるものが、唯の体に害を成すものとは、別の物質である可能性は無いか?」

 ジークは突っ込んだところを指摘する。

「そう言うのもだな、それが『大地の底』から噴き出していて、地面の下にはそのエネルギーを吸収している守護幻覚の成れの果てがある。

 人間にとっては『体に変質を起こすエネルギー』ではあるが、操り方を知ってるものにとっては、何等かの生産的なエネルギーなのかも知れない。

 特に、セリスティア姉弟(きょうだい)の特徴がそうだ。あいつ等は、自分が吸収したり浄化した『邪気』を、自分の活動エネルギーにしたり異なるエネルギーに変換したりできる。

 あいつ等みたいな術師が、何かの意図をもって、大量の贄を用意した『二重四方陣』を作ったんだとしたら、俺等が思ってるより話はでかいぞ」

 ジークが推論を話す間、ハンナは頭がごちゃごちゃしてきた。自分の中で納得していた事が、一回ひっくり返されたのだ。

 邪気が生産的なエネルギーで、操り方を知っていれば「邪気」には成り得ない。そのエネルギーを、アン達のように自在に操れる者達が、クオリムファルンの変貌を目論んでいる、と提示されたからだ。

「もしかして、前から騒がれてる『魔神』達の事?」と、ハンナは聞き返した。「こっちでは、何回か『魔神』と『魔獣』絡みの事件で、軍隊が出動する騒ぎになってるけど」

「それだよ」と、ジークは答える。「奴等も『大地の赤子』を狙ってるけど、どうにも人間に友好的ってわけじゃない。用心しといたほうが良い。いつも通りにな」

「その情報は、何処まで拡散可能?」

「術を通した通信以外では、やめておいたほうが良い」

「了解」

 そんなやり取りをして、その日のハンナとジークのやり取りは終了した。


 樹海の梢がざわざわと音を立てる場所で、少年は耳を澄ましていた。梢の一端に手をかけ、風の吹いてくる方向に顔を向けて前髪を揺らしている。

「龍達が……そう……」と、少年の霊体は呟いた。

「何処へ? うん、遠くだね。そうかぁ……」と言う、相づちのような物を打ってから、「僕にも手伝えることはあるのかな?」と、赤みのあるブロンドと青い瞳の少年は、樹海の梢に声をかけた。

 すると、一斉に森の木々が蒸気を発し、しばらくすると空が曇り出した。ぽつりぽつりと細かく小さな雫が降り始める。樹雨(きさめ)だ。

 彼は、それが木々の「表現」だと気づいた。自らの器が欲する雨を作り出す事。それによって何かを示そうとしている。

「水を……」と、少年は呟いた。「そうだね。水を……」

 そう繰り返してから、その霊体は少し遠くを見て、空気の中に溶けるように姿を消した。 

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