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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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25.昔話さ

 アン達が、この星に起ころうとしている「真相」に近い所まで辿り着けたのは、ひとえに「生きた機械の塊」になっている、ジークの情報処理能力がある。

 彼は其れまで、アンが観ていたイメージの断片だったり、見えていても意味が分からなかった部分のシーンを全部つなぎ合わせて、前後している時間軸を整頓し、全員が共有できる情報に仕上げたのだ。


 遥か以前、ジーク本人も覚えていないが、彼は人間だった。名を揚げるために龍狩りを行なっている、ごく在り来たりな冒険者だった。

 そんなに貧しい家の生まれでもない。位としてはジェントリー階級の、働いて財を得る貴族と言う家柄だった。

 仕事熱心で、子供の養育にも力を入れていた両親は、十一人生まれた内、六人の子供を生き延びさせた。

 六人兄弟の四男坊と言う、家督を継ぐには絶望的な位置にいた彼は、その当時の青年達の多くが思ったように、世界に旅立ち、地方領主の屋敷に居る令嬢の心を射止める事を夢見ていた。

 身体を鍛え、剣術を学んだ。何処を切ればどのように相手の稼働筋肉を切断できて、的確に思った出血をさせられるかを熟知した。

 二十一歳を迎えた彼は家を出た。本当の名は名乗らずに、冒険者のジークとして生きた。

 そんな彼は、ギルドの複数の仲間と一緒に龍狩りに行った。まだゲオルギオス協会が出来る前の事なので、龍族達も人間に対して警戒心がほとんどない。

 龍族より圧倒的に小さな体しか持たない人間は、人間からするとネズミの様なものだ。非常に繁殖力が強く、素早くて、危険な毒を持った「刃」で噛みついてくる。

 その常識通り、ジーク達は刃に毒を塗って使った。龍の固い鱗と皮膚を腐食させ、肉にダメージを与えて切り裂くためだ。


 目星をつけたのは、赤い鱗を持った大型の龍族だった。皮膜の羽を持って居て、それを使って嵐のような風を起こす。しかし、それ以上の攻撃をしてこない。

 しかも身動きが取れないようで、一ヶ所から離れようとしない。

 ジーク達は風に翻弄されながら、岩の山肌の凹みに居る龍に近づいた。麓の方で数十名が囮になり、ジークを含むやはり数十名は、背後の山の上から、龍の首筋を狙う。

 龍の首が狙った箇所に伸びるのを察して、ジークは龍の巣が下にある断崖の上から、龍の首に取り付いた。

 毒を塗った刃で、龍の首筋を切り裂き、すぐに麓に退避する予定だった。着地は、麓の仲間が仕込んでいる魔力の網の中に飛び込むことになっている。

 実際に、龍の首筋に刃を立て、深く抉った。その途端、人間の少女のような悲鳴が聞こえた。声を方を振り返ると、龍の巣穴の中で、白い髪と青い目をした幼い人間の姿をした娘が、震えていた。

 ジークは、毒に汚れた剣を引き抜いた。その時、全身に紫色の龍の血を浴びた。血濡れになったジークは、咳き込む事も、身動きを取る事も出来なかった。

 白い髪と青い目の少女は、龍の言葉で何か叫んでいる。その口元に牙が見えた。そしてその背後には、今まさに孵化しようとしている別の卵が。

 ジークは、龍が何故一ヶ所から動かなかったのか、そして身動きを取らないことを決意した龍が、何を守ろうとしていたのかを知った。

「見るな……」と、ジークは呟いた。少女の瞳に映っている、紫色の血にまみれた自分が、ひどく不気味だった。

 少女は、泣きじゃくりながら、龍語で罵声と思われる物を浴びせてくる。その片手に、剣が握られている。

「剣を手放せ。お前まで……!」

 巻き込まれるぞ、と言いたかった。しかし、その言葉を発する前に、少女はジークの近くに走り寄り、自分の喉に刃を当てて力いっぱい頸動脈を切った。

 人間のものとは違う紫色の血液が、正確にジークの体を覆う。

 ジークは、自分の体が変貌してくのを感じ取った。皮膚が硬化されて行く。関節の伸縮性を保ったまま、まるで龍の鱗に覆われたように。

 ジークの体は、変貌を拒絶していた。胸に息が詰まり、手の先が震え出し、握っていた剣を取り落とした。ぜぃと無理矢理息を吸うと、血液とは思えない不思議な香りがした。花か果実の蜜のような匂いだ。

 口の中で上顎の犬歯が異様に肥大してきて、一対の牙になった。頭の中では、自決した少女の言っていた言葉が、人間の言葉として翻訳できた。

「欲深い人間。龍の命がそんなに欲しいか。欲しいならばくれてやる。そして我等と同じ運命を歩むが良い!」

 自分は、呪いを受けたのだ。そう理解したが、それ以上考えている暇はなかった。龍の巣に入ったまま、何時までも麓に降りてこないジークの身を案じ、人間達が声をかけてくる。

 巣の奥で、孵化しかけていた卵の殻を破って、人間の上半身と龍の下半身を持った赤子が生まれた。ジークは反射的に、その赤子を抱き上げた。

 山の上と同じく断崖になっていた巣の外に走ると、予定の位置ではない場所に飛び降りた。

 およそ、人間の脚では堪えられない高さから落下し、支えた足と体中に衝撃があったが、人外の強度と筋力を得た体は、速やかに体勢を整えて走り出し、逃亡に成功した。


 それから七百年ほどが経過した。今では、龍化より機械化のほうが著しい体になった。それでもジークは満足している。

 数百年を、龍の子を連れて逃げ暮していた当時の彼は、まだ呪いが解ける前のメリュジーヌに見いだされ、「龍族として、我の下で働くか?」と言う言葉に従った。

 その当時は、まだ特定の国に属する事が無かったメリュジーヌであるが、強奪された宝を更に強奪すると言う方法で手に入れた、財宝を隠し持っていた。

 彼女はその能力と財力で、数名の「人の姿に変化できる龍族」や、多数の「龍族に従う人間」を仲間に引き入れ、龍族の世界で少しずつ頭角を現していた所だった。

 メリュジーヌの住処に龍の子を預け、ジークは人間や龍族の術師達から、魔力的な情報を扱う方法を学んだ。様々な術式を組んだ機械と自分の体を融合させることで、生物外な演算能力を手に入れた。

 その代わりに、自分が人間だった時の記憶の大半を失った。習慣も知識も人間()()()も。

 時々、メリュジーヌに預けた龍の子がどうなったかは気になったが、メリュジーヌは「有意義に暮らしている」としか言わない。ジークも、それで良いと思ってる。

 女主人がそう言うなら、きっとあの娘は「有意義」に暮らしている。その穏やかな生活を想像する事が、生きた機械になったジークの、細やかな楽しみだった。


 望遠ゴーグルの中にノイズが混じる。

 おっと。思い出に浸りすぎた、と、ジークは意識レベルを正常値に持ってくる。

「ジーク。寝ぼけてるの?」と、ハンナの声が耳元でする。「ああ、ちょっと眠ってた」と、ジークは答える。

「話し合いの途中で眠らないで」とハンナは文句を言う。「メイフィールドって誰よ?」

「さぁ?」と、ジークはとぼけてみせる。「それで、カーラとキーナの状況は?」

「他人の質問には答えないのに」と、ハンナが通信の向こうで口を尖らせてるのが分かる。

「まぁ、ほれ、俺のは……唯の昔話さ」と、ジークは何時ものように応じて、「今までも聞かせた事あったろ?」と茶化す。実際、ハンナに昔話を話したことは一切ないのだ。

「何処の誰と間違えてるか知らないけど、もう一度言うから、次は寝落ちしないでよ?」

 そう釘を刺しながら、ハンナはカーラとキーナの現状と、彼女達の特殊性、そして魔力的な能力の差等をもう一通り繰り返した。

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