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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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23.しらなーいせーかーい

 他人の意識に入り浸りすぎて、追い出しを食らうと言う失敗はしたが、その後も用件のある無いに関わらず散々あちこちの夢枕に立ち続け、ミュウミュウの骨折が治る日には、アンも元居た場所に戻ろうかと考えていた。

 しかし、三週間くらい動かさなかった関節は、たぶん固まっているだろう。それはアンの「試験的試み」によって負った怪我の一部なので、アンが引き受けることにした。猫の意識はしばらく眠らせる。

 看護師達が、猫を抱きかかえて片脚の毛を刈りなが、らテーピングを切って剥がし、中から現れた猫に丁度良い添え木を外す。それらの処置の後、手で関節を動かす。

 関節が動いて気持ち好いとは行かない。ひたすら痛い。筋肉を揉まれたりすると、弱っていた筋繊維が緊張状態を思い出して張りつめ、ひたすらひたすら痛い。

 だけど、猫の骨折の治し方なんて、人間相手の医者と看護師には分からない。

 この儀式の時に、私が入って無かったら、ミュウミュウは大パニックでしたね。

 アンは頭の傍らでそう思いながら、無理矢理動かされる関節の痛みに耐えていた。

 数週間、眠っていたような意識の中から目が覚めた途端、知らん病院で知らん人間達に脚の筋肉と関節をゴリゴリされてたら、猫じゃなくてもびっくりするだろう。

「よし。正常に動く。ミュウミュウ、今日からリハビリしようね」と、明るく看護師が声をかけて来る。

 え? もしかして、痛いのは今だけじゃないんですか?

 アンはそう思って、ミュウミュウの骨折が皹程度で済んでいて、完治するまで三週間かからなくてよかったと胸をなでおろした。

 四週間も休暇をもらってもする事がないと思っていたのに、猫と同居する事になった事から……正確には、高すぎる塀から無理矢理降りた時に後脚の骨を傷めてから、十分な休養期間になった。

 今日も、キャットフードは美味しかった。悲しいほど美味しかった。


 イズモの家に到着してから、マナムとマコトは初めて洋服を着た。靴は履いたことがあったが、短靴じゃない靴なんて、これも初めてだ。

 肩にかかる髪が長かったマナムは、伸縮する髪どめで毛束を一つに結い、前髪が長かったマコトは、止める時にパチンと音が出る金属の髪どめで前髪を横に避けるように整えた。

 身支度を整えていると、スーツとシャツと無地のネクタイ姿のイズモが子供部屋に来た。

「準備は良い?」と、イズモは子供達に声をかける。

「はい」と、双子は声を揃えた。

 なんでも、マナムとマコトはイズモの家に引き取られる形になるので、役所で手続きをしなければならないそうなのだ。

「でも、私達……元の、住んでた所の地名を、知らないんですけど……」と、マコトは心配そうに言う。

「それは大丈夫。住所不明の子供を拾うなんてのは、よくある事だから。下手に嘘はつかなくて良い。知らない事は『知らない』って言えば良いんだよ」

「はーい」と、元気にマナムが返事をする。

 マコトは「本当に大丈夫かな」と言う顔をしていたが、「はい」と返事をして、「それじゃぁ、行こうか」と言って先を歩きだしたイズモについて行った。


 大きな神社に住んでいたとは言え、その周りは水田と畑と山と川しかない、文明と程遠い土地の出身だったマナムとマコトは、電気文化圏であり、しかも都市に近い町の中を歩くのは、目が回りそうだった。

 建物は古い物も新しい物も密集していて、見上げるほど背が高い。電柱と呼ばれる人工の木が、ケーブルや電線と言う、人工の蔓のようなものを伸ばして、空に緩やかな線を描いていた。

 舗装された道路と言う場所を、ガタピシだったり、スポーティーだったり、黒塗りで光沢が出るほど磨き上げられたりしている車達が、右から左から前から後ろから、どんどん走って来る。

 信号機は忙しなく点滅し、点灯し、その度に何処かでエンジンの音と、踵の固い靴で歩く足音がする。逆に、下駄や草履の音はしない。

 道行く人達は、ほとんどが褐色の肌をしていた。時々、ピンク色の肌の人もいるが、その人達も皮膚のあちこちが「日に焼けてる」のが分かる。

 植物は所々にあるが、土の地面が見えて無くて、靴底越しでも「地面が固い」事が分かった。

「全部石畳になってるみたいだ」と、マナムが言う。「だけど、継ぎ目がない」と、地面に触ろうとするので、イズモが「待って」と声をかける。

「町の地面は汚い事が多いから、直接手で触らないように」

 そう注意をすると、マナムは地面をよく見て、「すごくピカピカだよ?」と不思議そうにしている。

「水モップで拭いてあるだけだよ。消毒されてないから気を付けて。社の中の床とは違うんだ」と、イズモ。

「しょうどくって何ですか?」と、マナムは聞く。

「あっついお湯で煮る事だよ」と、マコトが答える。

「うん。それでも消毒になるね」と、イズモは一度肯定した。「だけど、ここら辺だと、消毒には薬品を使うんだ。アルコールって知ってるかい?」

「あるこおる」と、呟くマナムは分かっていない。

「確か、お酒の成分?」と、マコトは近い答えを思い出す。

 イズモはタクシー乗り場まで歩く間、二人にアルコールの説明をした。

「薄いものはお酒にも含まれてる。そのアルコール成分を濃くして、純度を上げたものが、消毒用アルコールって言う……一種の医療品になってるんだ。最近では、ご家庭用の消毒用アルコールもあるよ」

「色んな便利なものがあるんですね」と、マコトは町を観察しながら感想を言う。

「きちんと正しい使い方をすれば、便利なものだね。ああ、歩道から出ないで」とイズモは言いながら、フラフラと車道に出ようとするマナムの手を引っ張った。

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