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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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19.センチメンタリズム

 ジークは望遠ゴーグルの中で「ガルム・セリスティア」の様子を観ながら、アンに通信を送った。

「休暇中さん。まだアクションには早くないか?」と。

「いやー、暇だから、伝えられるうちに用件は教えておきたくて」

 ガルムの居る町から離れた町の病院から、アンの声が聞こえる。「あの子にも、早く教えていおたほうが、状況を飲み込めるだろうし。それより重要なことがあるんだけどさー」

「何か?」と、ジークは紳士を気取る。

「私、普通の人間に戻れないかも知れない」

「元々普通じゃなかった気がするけど?」

「普通だったよ。キャットフードの美味しさなんて知らないくらい普通だったよ! 美味しいんだよあれ! 本体に戻ってからも食べたくなったらどうしよう!」

「ああ。大丈夫だって。それと同じ感想を、三世紀くらい前の龍族も持ったから。『人間の食事って美味しいんだよ! これからも食べたくなったらどうしよう!』って」

「結果は?」

「人間の食生活に染まりましたね」

「いやぁああああ~。ねこぉおおおお~。猫の食生活ぅうううう~」と、アンは悶えた声を出す。たぶん、憑依してる猫も頭を抱えてぐにゃぐにゃしているだろう。

 ジークは口を手で押さえて、せせら笑いたいのを堪え、やはり語気を和らげた。

「まぁ、精々よく食べて霊体を充足させなさい。力のほうはちゃんと流れて行ってるんだろ? あんまり長話すると怪しまれるから、切るよ」

「注意点はアクションが早かったことだけ?」

「今の所はね。今の君に必要なのは、水分と栄養と睡眠。弟さんの夢に出てあげる余裕があったら、自分の本体にエネルギーを分けるように」

 二人がそんな会話をしていると、真に迫った表情だったガルムが、空っぽになったアルミ缶を片手で握りつぶした。側面を握りつぶすだけではなく、親指で縦方向にも圧かける。相当怒っているらしい。

「休暇中さんよ」と、ジークは呼びかけた。

「ん?」と、呼びかける声のトーンが変わったので、アンは聞き返す。

「弟さんが状況飲み込むまで、だいぶかかりそう」

「え、あ。そう?」と、アンは意外そうにしどろもどろする。「割と『そうなんだー、分かったよ、ねーちゃん』……ってなると思ってたんだけど」

 そんな事を言ってる傍目を他所に、ガルムは給湯室のゴミ箱にぐちゃぐちゃに丸めたアルミ缶だったものを放り投げて、居室のほうに歩いて行く。その足取りは静かだが、明らかに苛立ちと怒りが宿っている。

「どんな情報を与えたんだ?」

 そうジークに聞かれたので、アンは「大地の底の赤子の現在」を教えたと述べた。

 ゴーグルの視野を変えて、ガルムが眠っていたくらいの時間帯の、その場の状況を目視する。

 魔神達の作っている魔獣アーニーズが、エニーズを連れて大地の底の赤子を襲っている所が見えた。

 蟻のように、エニーズが大地の赤子に襲い掛かり、耐久可能時間を超えて消滅し、アーニーズは何時もの絶望の表情を浮かべて無気力に宙に浮かんでいたが、やがて城のほうに帰還すると言う一連の流れだ。

 龍族の感覚では、何処に怒る所があるのかよく分からない。

「そう言えば、休暇中さんよ。君は、あの魔獣が自分の素っ裸の姿と同じだと言って怒っていたが」

「ああ。あれね」と、アンの声に毒が籠る。「ほんっっっと。デリカシーが無いって言ったらこの上ない」

「弟さんもそれが理由で怒ってんのかね?」

「えー? それはちょっと変態だなぁ。私はあの子の恋人じゃないし」

「だとしたら、原形が無くなるまで、アルミ缶を握りつぶす理由ってなんだ?」

「さぁ? 何だろう?」

 勘の鈍い年長者達は、うら若い青年の心のダメージを理解できずに居た。

 ジークはアーニーズ達が居なくなった後の火孔の様子から、ハウンドエッジ基地に居るガルムのほうに視点を変える。居室に戻った所だ。

 青年は、コートを脱いでハンガーにかけ、音を立てないように二段ベッドを登ると、眼鏡をはずして寝台に横になり、枕元の鏡を起こした。

 其処には、赤みの強い朱緋色の瞳が、燃えるような色を宿している。ガルムは鏡を伏せて、顔を背けるように枕に頭を埋めた。

「これは俺の推察だけど」と、ジークは長年学習した、人間の感覚を思い出しながら言う。

「アーニーズの表情が、君の弟さんの久しぶりに見た、『表情がある姉の顔』だったとするじゃないか。それが死にそうな顔だったら、そんな表情をさせる奴等を、憎んだりするかね?」

「あの魔獣と私を、同一視してると言う事?」

「久しぶりに見た『同じ形のもの』だったら、区別がつかなくても仕方ないだろ?」

「そーんなもんかねー」

「弟さんのムカつきに対しては結論が出ないが、君はカリカリをちゃんと食べてなさい」

「いや、結構……肉のほうも美味しいのよ」

「ウェットフードのほう?」

「うん。味付けが薄くても、旨味だけで食える味をしていて……」

「分かった分かった。伝える事は伝えたから、ほれ、切るぞ」

「了解。おつー」

「おつかれさま」

 プツンとアンとの通信を切ってから、ジークはすぐさま別の個所に通信を繋ぐ。そしてそこで活動している龍族やその眷属と話し合う。そう。星は丸いのだ。

 必ず、テラの何処かは昼間であり、夜なのだ。ジークだって、この体中に取り付けてある機器の助けなしでは、眠らずに全部の観察網を把握する事は出来ない。

 機器の助けがあっても、「もう頭がいっぱいでどうしようもない」と言う時は、観察網をオートモードにして座ったまま数分間眠る。

 その数分の間に、世界を変える大異変が起こっていたら、俺達は不運だったのだと述べる事にしてある。そのくらいどんぶり勘定じゃないと、龍族はやってられない。

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