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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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18.頭に来る事

 基地に帰ったガルムが、眠る前に枕元でカラーコンタクトレンズを外している。

 コンタクトレンズの着脱のために枕元に置いている鏡の中に、鮮やかな朱緋色の瞳が見えた。

 先に熟睡しているか、眠ったふりをしていてくれるノックスは、ガルムがカラコンをしている事を知っている。

 一度ノックス本人から尋問にあったが、素の目の色を見せたくないんだと話したら、あっさり理由を飲み込んでくれた。

 ガルムが「お偉いさんが珍重するくらいの魔力」を持って居る事から、何等かの魔力起因異色症を発症しているんだと察してくれたのだ。

 まさか、朱緋眼(しゅひがん)であるとは思ってないだろうな……と、ガルムは思い浮かべてみて、暗い中でも異様に光って見える瞳を覗き込んだ。

 今日は、少し赤みが強いな。何か魔力が高揚することがあったっけ?

 そう何となく思ってから、鏡を伏せ、レンズケースがしっかり閉まってることを確認して、枕に首を預けた。

 ――ガルム君。

 ぼんやりとした声が聞こえる。「ねーちゃんの声だ」と思ったが、肉声とは違う。今日は眠りに入るのが早いな、と思っていると、もう一度聞こえた。

 ――ガルム君。黙ったまま聞いて。

 うんうん、聞いてますよ。と、ガルムは頭の中で答えた。

 ――君とアンナイトに頼みたいことがあるんだ。

 俺とアンナイトに?

 ――そう。私達は今、術の基礎を作ってる。

 魂だけ何処に行ってるかと思ったら。霊体でも仕事してんの?

 ――そうなるね。それで、その術が完成したら、ガルム君とアンナイトに「取り上げ」を頼みたいの。

 何を誰から取り上げるの?

 ――赤ちゃん。

 え?

 ――地面の下に居る、赤ちゃん。


 意識が急速に覚醒して、ガルムは思わずベッドの上に体を起こした。

 頭の中の血管全部に血液が充満してるみたいで、物凄い緊張状態になってる。その状態を感情で表すなら、怒りに支配されている。

 ガルムに兵士としての自制心が無かったら、大声を出すか、身の回りの物を壊すか、意味も分からずパニックを起こすかしていただろう。

 頭に充満した血液が落ち着くまで、少し居室を離れることにした。瞳の色を誤魔化すために薄く色を入れてある伊達眼鏡をかけて、静かに二段ベッドを降り、コートを身に纏うと、給湯室まで歩いた。

 冷夏の夜は思ったより寒かった。コートを着て来て正解、そして廊下に出て正解、と気分を落ち着けた。

 眼鏡を外し、蛇口から緩く水を出し、手を洗ってから、両手に水を受け、濡れた手で額と頬に触れた。

 さっき聞いた姉の声は、はっきり覚えている。だけど、頭に血が上った原因はそれじゃない。

 姉とそっくりの……よりによって、髪が長かった時期の、裸身の姉とそっくりの「魔獣」を見たのだ。その魔獣は柔らかい岩のような肌をして、主に青い瞳を持って居る。数体、朱緋色の瞳の者も居た。

 朱緋色の瞳の者は、青い瞳の者に指示を出しており、彼女達は、歯が生えた、やはり岩石質の肌の不気味な赤子を引き連れていた。

 姉とそっくりの魔獣に導かれ、赤子等は火孔から地面の中に侵入し、その奥底に居る誰かを追い立てた。その誰かは、侵入してきた赤子よりずっと巨体の赤子だった。

 人間に群がる蟻のように、侵入者達は赤い空間を逃げる赤子の体に群がり、その肉を食おうと躍起になっている。

 ガルムが何より一番ショックを受けたのは、侵入して来たほうの赤子の体が、マントルの中で崩壊しようとしているのを察した「姉に似た魔獣」が、自分達の仲間である赤子を助けようとしていた事だ。

 そう、助けようとしていた。しかし、助けるための行動は取れなかった。強力な呪縛で、彼女達の行動は抑制されていたからだ。

 侵入した赤子達が全滅したときの、全く表情と言う物が無くなった「気の触れそうな姉の顔」を見せられたガルムは、言いようのない怒りと共に目を覚ました。

 予想しなくても、あの姉にそっくりな魔獣は、誰かが意図的に作ったものだろう。

 姉が霊体になって仕事に行ってる先の人達が作るわけがない。暢気な姉ではあるが、自分の素っ裸をさらすことを許可するような恥知らずじゃないもの。

 それに、姉は、「地面の下に居る赤ちゃん」を取り上げてほしいと言って居た。

 実物大が、どの程度の巨体を持つ赤ん坊かは分からないが、ガルム単身ではなく、アンナイトの力も必要とすると言う事は、相当な怪物ではあるようだ。

 状況がよく分からない今は、どう納得すれば良いのかは分からない。

 唯、心が死んだような顔をしている「姉の顔」は見たくなかったし、それを強要している存在が居るなら、ぶちのめしてやりたい。

 でも、これ以上血圧を上げると、脳の血管がはち切れそうだ。

 乾いた手の平で顔を拭ってから、眼鏡をかけなおし、自動販売機のほうに歩いた。コートのポケットに何時も備えているコインを投入して、砂糖入り炭酸水を選び、出て来た物を取り出す。

 支給品の炭酸水は、だいぶ炭酸が薄くなっていたが、吐きそうな気分を抑えてくれる効果はあった。

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