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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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17.人ならざる

 星の内部は、異国の言葉でマントルと呼ばれる、溶岩より高温の液体が満たされている。その中央には星の核と呼ばれる、更に高温の物質が球状に集まっており、魔術を使う者達に、星の心臓と呼ばれている。

 そこまでの話を黙って聞いていたマコトは、ふと湧いた疑問を念じた。

 ――あの赤ん坊は、地面の下だから……星の中に居るんですよね?

 イズモは軽く頷く。

 ――そうだね。あの赤子は、星の中で、大地の殻の中に封印されている力を吸収しているんだ。

 ――何のために?

 ――壮大な乗っ取りのため、かな。

 そう答えてから、イズモは自嘲を浮かべる。それから、イズモの故郷に到着してから話す予定だったことを打ち明けた。

 大地の底の赤子がどのように生まれたのか、イズモがマコト達に外の国の事を教えたのは何故なのか、それから、マコトに頼みたいもう一つの旅についても。

 ――時間はあまりないんだ。だけど、焦るわけにいかない。これは、儀式だからね。

 イズモはそう告げてから、声に出して「これからも、怖い夢は見るだろうね」と、マコトに教えた。「だけど、マコト。怯えているより、成すべき事があるって言うのは、分かってくれるかい?」

 マコトは視線を伏せ、それから目をつむった。

 私は、人間じゃないんだ。

 そう知ってしまったのだ。

 涙が出るかと思ったが、赤子の夢を見る前に見ていた、もっと怖いほうの夢の中で思った疑問は、自分はマナムの分身であると言う答えにより、解消された。

 マコトは口元に、何時もの淡い笑みを浮かべ、目を開いた。少女の瞳は、それまでより凛々しく輝いていた。

「私、頑張ります」と、マコトは言う。「先生は、私達を見捨てないでしょ?」

 せめて、儀式が本当に終わりを迎えるまでは。

 そう言いたかった言葉は、否定してほしかった言葉は、敢えて呑みこんだ。

 儀式が終わったら、イズモ先生は私達を捨てるの?

 そんな疑問は言わない。喧嘩になる事は言わない。この人と言い争ったって、私達が……マナムが、救われるわけじゃない。

 イズモは、自嘲なのか、慈しみなのか、判断の付かない穏やかな表情を作ると、マコトの頭を撫でた。本当の、六歳の子供にそうするように。


 クオリムファルンの病院での事。

 ガルム・セリスティアが、何時もの姉の見舞いに来た。ルームメイトであるノックスを連れて。

 見舞いに来る度に、塗り薬を姉の手に塗布していたら、看護師と医者に注意されたからだ。「衛生的に問題があるかも知れないものを、患者に与えないように」と。

 おまけに、毎回塗り薬の刑にあっていた姉の手の甲が、かぶれるとまではいかないが、ほんのり赤くなるようになっていたらしい。

 そこで、その練り香水やハンドクリームをどこで入手したのかと、成分は何が配合されているのかと言う事の説明のために、お見舞いの品を買った本人を呼び出す次第になったのだ。

 ガルム達が受け付けの看護師に挨拶をすると、「すぐに医師を呼びますので。お姉さんの所でお待ち下さい」と言われた。

 待つこと約五分。他の仕事もあるだろうに、医者は割とさっくりと病室に姿を見せた。

「話は伝わっていると思いますが」と、医師は言葉を濁す。

「分かってます」と、自信をもってノックスが答える。「衛生状態と、皮膚の赤みに関する疑問の答は、これです」と決め台詞のように言って、塗り薬の類の成分が書かれたメモを医者に渡す。

「ついでに、買った店は此処です」と言って、綺麗に畳んだ状態で取ってあった、店の名前が記載された紙袋を鞄から取り出す。

 医者はその両方を見て、「グリセリン、ミツロウ、香料ライラック、ヒマワリ油、精製水……」と、ランダムに書かれているらしい、成分を読み上げて行く。

 それから、「どの程度配合されているかは分かりませんが、ヒマワリ油を皮膚に塗るのは、あまりよくないかも知れないですね」と言う。「食物に成る物のほとんどは、皮膚に塗ると、その上で腐敗しますから」

 ノックスは大袈裟に天を仰いで額に手を当て、「なんてこった」と呟いた。

「ミツロウは皮膚に塗っても大丈夫なんですか?」と、逆にガルムは聞く。

「あれは消毒薬になるんです」と、医者は言う。「東洋のほうの傷薬にも使われています」

 そう答えてから、医者はじっくりメモを見て、「それから、精製水の純度の高さも気になりますね」と言い出した。

 河の勢いがゆったりしているこの国では、水は基本的に不衛生な物であると言う常識がある。

 ハンドクリームの成分のメモも読んで、医者は幾つか注意点を見つけ出した。

 何より、毎日手を洗えるわけではなく、自分の意思で皮膚を搔く事も出来ない人の手に、ハンドクリームを塗ってはいけないと、やっぱり注意された。


 帰りがけに、駐車場の植込みの周りのブロックに腰掛け、ノックスとガルムは話し合った。

 意識のない「アンねーちゃん」に、どうやって居心地の好さを感じ取ってもらい、少しでも病院の閉塞感から解放してあげられるか、が議題である。

「香りって言う物をプレゼントするのは、良い案だと思うんだが」と、ノックスは自画自賛しながら唸る。「方法を考えなきゃならなくなったな」

「シャンプーとボディーウォッシュで、充分なんじゃない?」と、ガルム。「俺も、毎回同じ所に塗り薬つけちゃったのは、不味かったかも」

「普通に、花を贈るとかのほうが良いのかね?」と、ノックス。

「花って、実際香りがあるの?」と、ガルム。

「お前、百合の花が咲いたときのにおい、知らないの?」と、ノックスは驚いたように言う。「もう、いっそのこと無臭が良いって思うほど香るぞ、あれは」

「それは……昏睡状態の人に贈るには、適さなくないか?」

「だよな。自分で換気が出来る状態じゃないもんな」

 タクシーを待つ青年達が唸り合っているのを、姿を消した状態のアンの霊体が、しゃがみ込んで見物していた。

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