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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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16.眠りの底で

 宿で眠っている間、マコトは悪夢にうなされていた。

 楽しく食事をしていた食堂の中の「みんな」が、突然湯気のように蒸発して消えてしまったのだ。

 マコトは、ついさっき自分が「(めい)の祈祷」を行なったのを思い出し、自分がみんなを消してしまったのかと思った。今まで感じたことの無かった、恐ろしい感情に囚われる。

 文字で簡単に表してみるなら、それは絶望感と言う物だった。

 マナムや、イズモ先生や、あの時食堂に居た、色んな人達……楽しそうだったり、つまらなそうだったり、食事より話に夢中だったりした、色んな人達を、何故自分は消滅させてしまったのか。

 私は四歳の頃、マナムを見つけた。社の裏手で、しくしく泣いていた男の子を、可哀想に思った。だから、彼の姉になる事を申し出た。

 でも、その前は? と、今まで考えてみたことの無かったことを思い浮かべた。

 その前の私は、何処に住んでいて、何処から来たのだろう。何故みんなは、私に強い力があると言って崇拝していたのだろう。私は何者なんだろう?

 出会った時は、マナムは私とそっくりで、着ているものの、髪型も、顔つきも、うり二つだった。どうして、それまで会ったことの無かった、全然知らない男の子と、そっくりなんだろう。

 思考の渦に迷い込んだマコトは、体が何処か深い所に沈んで行くような気がした。落下の恐怖を覚え、目を閉じる。しかし、しばらくすると体はふわりと浮いた。

 夢の中のマコトが目を開けると、辺りは赤く光る液体状の空間になり、目の前に巨大な赤ん坊が眠っている。その赤ん坊は、時々手足をばたつかせ、自分が身を預けている赤い空間で泳ぐような仕草をした。

 すると、その体はゆっくりと空間を移動し、赤子は空間の端にある黒っぽい部分に手をかけた。赤ん坊の瞼はやけに凹んでおり、瞼の内側には眼球が無いように思えた。

 においを嗅ぐように鼻を動かし、両手で空間の端を叩いて、脚で空間を蹴り、時々頭突きもする。そんな風に赤子が暴れているのを、マコトは不思議な気持ちで観ていた。

 あれは何か、私と同じ者のような気がする。

 そう思うと同時に、赤子が「気づいた」ように、空間をマコトのほうに泳いできた。巨大であるが、幼い作りの片手が、ゆっくりこちらに伸ばされる。

 その手は、マコトの周りそっと包み込むように動き、マコトを脅かさないようにしている……わけでは無かったようだ。

 まるで、油断させた虫を無造作に握りつぶすように、一気に手が閉じられた。

 紙一重の所で、マコトの体は背中の方に引っ張られ、赤子の指を逃れた。マコトの背後に誰かいる。振り返ると、よく見知っている「先生」が、結界の中にマコトを匿ってくれていた。

 ――先生。

 心の中で唱え、そう呼びかけようとすると、イズモは口の前に人差し指を立てる。それから、結界を操って赤い空間を移動し、赤子の手が届かない場所から、空間を見回した。

 空間の中にある幾つかの穴から、目の前にいた巨大な赤子より小さい赤子が侵入してくる。その小さな赤子達は無数に居て、一体一体が結界を纏っていた。

 巨大な目玉の無い赤子は、その小さな無数の赤子を恐れるように、距離を取ろうとする。

 やがて、巨大な赤子は、空間の中で小さな赤子の群れにつかまった。小さな赤子の群れは、巨大な赤子の手足に食らいつく。その様子は、行軍を妨げるものを攻撃する蟻のようにみえた。

 巨大な赤子が、音のない声で何か叫んだ。目は開いていないが、苦痛の悲鳴を上げているようだった。巨大な赤子が手足をばたつかせ、空間の穴から、赤い光が外へ零れて行く。

 ――此処から離れよう。

 イズモの声が頭の中に響き、マコトは口を結んで頷いた。


 額が熱を持って居るように熱い。気味の悪い夢から目を覚まし、マコトはハンモックの上に体を起こした。

 隣のハンモックでは、マナムがすやすやと眠っていて、そのもう一つ隣のハンモックでは、マコトと同じように、イズモが体を起こす所だった。

 マコトは、ふわふわ動いてしまうハンモックのバランスを取って、床にそっと降りると、足音を潜めてイズモの所に近づいた。

「先生。今、私、不思議な夢を見たんだけど……」と、状況を説明しようとすると、イズモは夢の中と同じように、口の前に人差し指を立てた。それから、念話を送ってくる。

 ――私も、同じ夢を見たよ。いや、マコトの居た場所と、同じ空間に居た。

 ――あれは、何だったんでしょう?

 ――唯の夢じゃない。あの場所で見たままの事が起こってるんだ。

 ――あの赤い空間は?

 ――地面の下だよ。星の中心部に近い場所だ。

 ――星って、空に浮いてる?

 ――それも星だけど、この大地も、星の一種なんだ。

 そう答えてから、イズモは、丸い物を示すように両手を動かして見せた。

 ――星の内部は、あんなふうに、高温の赤い光を放つ液体で、満たされているんだ。

 マコトは少し黙ってから、決意したように願った。

 ――その話、もっと詳しく教えて下さい。出来れば、今。

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