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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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15.気の触れる熱

(めい)」の祈祷の祝詞を唱えながら、マコトとマナムは袖の中の房鈴を鳴らす。

 イズモは、二人が祈祷に集中できるように、その周りに結界を仕込んだ。

 イズモ本人は双子を取り囲んでいる犬百足と四頭天道虫(ヨントウテントウムシ)の向こうに居るのだが、妖怪達は神主の衣装を着たこの青年を、攻撃してこない。

 狙いはあくまでマナム達であり、それ以外の要素は頭の中におさまっていないと見られる。

 この妖怪達は、偶然居合わせたわけではなく、誰かから指示されてマナム達を狙っているのだ。そうなると、ジーク達の言っていた「魔神」と言う者の仕向けた阻害者なのだろう。

 そんな事を悠長に考えている暇があるほど、四頭天道虫の動きは鈍く、頭の働きも遅いようだった。

 頭一つにしか術がかかっていないと思ったが、その一つを封じた事で、知能はある程度の退化させられているようだ。

「命」の祈祷の最後に、双子は握り合っていた片手を解き、夫々の胸の前で両手を合わせると、「ひでりのそのに めいなりひびく しからばたえよ しからばたえよ」と、声を揃えて唱えた。


 (ひでり)の園に 命鳴り響く 然らば耐えよ 然らば絶えよ


 その言葉に括られた力が、双子の周りの結界を中心に、大気に熱を帯びさせ、砂を巻き上げる。

 イズモは自分の周りにも結界を張ろうとしたが、既に彼は何かの力で守られていた。

 火炎を伴わない熱波が、虫達を包む。その熱に脅かされた虫の体は、瞬間的に乾いて、体の表面を覆う殻から内部まで、砂になって崩れ出した。

 熱は風を巻き起こし、四頭天道虫だけではなく、犬百足達も一緒に、砂塵と化して吹き飛ばした。小規模ではあるが、一帯で爆発でも起こったかのようだ。

 イズモは自分の周りにある透明な防護壁の中で、呼吸を止め、吹き飛ばされないように踏みとどまった。

 双子から、霊力の放出が止む。

「力が強すぎたよ。犬を消しちゃった」と、マナムは残念そうに言う。「名前を付けてたのに」

「どんな名前?」と、マコトは聞いてあげる。

「太陽丸と月丸。それから、土丸と風丸と……」と、マナムは指を折って数える。

「丸って呼んだら全員返事をしそう」と、マコトは言って、イズモのほうを見た。「先生。大丈夫ですか?」

「大丈夫」と返事をして、イズモは自分の周りの壁が解かれるのを察した。まだ周りの空気には余熱が残っていて、皮膚がピリピリしそうなくらい暑い。

「凄い術だね。これは、何の時に使ってたの?」

「普通は、祈祷師の念力(ねんりょく)を強くするためのお祈りなんです」と、マコトは明るく答える。「いつもは、こんなに力を込めないで、ほんのちょっと体が温かくなるくらいの力を送るの」

「それは……祈祷師が死んだりはしない?」と、イズモが冗談のつもりで聞くと、「殺める事も出来ます」と、マナムが得意そうに説明し始めた。

「悪い術を使ったりするために、念力を上げようとする人には、頭の中がおかしくなる程度の熱を与えるの。そうすると、その人はまともに考える事が出来なくなって、気が触れ……」

 そこまで言いかけて、マコトが怖い顔をしているのに気付いた。

 マナムは言葉を切り、首の後ろの毛を掻く。

「うん……。でも、それは、悪い事だよね……」と、マナムは呟いた。

「良い悪いじゃないの」と、マコトは弟を叱る。「そう言う仕事を、自慢するみたいに話すのは、とっても危険な事なの。私達は、『絶対の義』ではないんだからね。それに……」

 そこまでハッキリ言ってから、マコトは一度口を閉じ、胸にためていた息を大きく吐いた。そして続ける。

「私達を守ってくれるのは、もう、先生しかいないんだからね」と。

 イズモは、それを聞いて、困ったように眉を寄せ、口元は笑ませた。それから言う。

「私も、『絶対の義』ではないけどね。だけど、二人がすごい力を持ってるって言うのは分かってる。それに、今、術を使う時に私を守ってくれただろ?」

 マコトとマナムは、それがどうかしたのかと言う風な表情のまま、頷いた。

 イズモは眉から力を抜き、安心した表情を作る。

「そう言う風に、君達が他者を気遣える子達だって言う事は、もっと誇って良い事なんだ。力は、何かを守るために使いなさい」

 そう言われて、マナムとマコトは顔を見合わせ、微笑んだ。近くにいる者にしか分からない程度に、口の端をごくわずかにだけ上に持ち上げる、あの島国の人々特有の笑顔だ。

 齢六歳なのに、ひどく大人びて見えるのは、この二人があまり表情を変える習慣がないからかもしれない。


 纏わりついて来ていた犬百足が居なくなったので、三人は予定を変えて道中の宿に泊まる事にした。部屋の中には、ハンモックと言う宙ぶらりんの寝床があり、宿の近くには風呂屋と食事処があった。

 二週間、社での禊くらいしかしてなかった三人は、交代で風呂に入った後、食事処で温かい夕餉にありついた。

「この白い柔らかいの、美味しいですね」と、マコトが小麦粉の皮で包んで、茹でてある挽肉を食べながら言う。その白いものは、肉汁がたっぷり入った香りの良いスープの中に浮いていた。

「此処より北の方の料理だね。だけど、向こうのものより肉が多いな」と、イズモは答える。

「こっちのは餡子が入ってる」と言って、マナムは大きな饅頭を口に運ぶ。食いちぎった断面を見て、「白餡だ。少し花の香りがする」と言う。

「甘いものは、最後に食べたほうが良いよ?」と、イズモが言うと、マナムは「えー。だって、甘いもののほうが、お腹がいっぱいになるじゃないですか」と反論する。

 確かに、血の中に糖分が満ちると、少量の食事でも満腹感がある。

「折角、久しぶりにまともなものが食べられるんだから、色んなものを食べて栄養をつけなさい」と、イズモは説きながら、香草と一緒に炒めた、肉と野菜の皿をマナムの前に置いた。

 その他に、先の村で買った食糧から、腐りやすい卵と乳を選び、露店で買った果物と一緒に混ぜて飲み物にし、眠る前の夜食にした。

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