11.神成子
例年の冷夏を記録するようになって四年目。今年も、郷里は長い「冬」と、一瞬の「夏」が訪れているのであろう。
そう思いながら、振り分け髪を肩の長さで切っている少年は、禊をし、女の子が着るような赤い模様の豪奢な着物を身に纏って、袴の帯を引き締めた。
彼の姉も、同じく禊をして、彼女のほうは緑色の模様の着物を着た。その髪はザンバラに顎先辺りで切りそろえられ、前髪の先が目を刺す、所謂「めざし頭」になっていた。
「今日から、ぽっくりは履かないんだって」と、姉は言う。
「じゃぁ、何履くの?」と、弟は聞き返す。
「靴じゃない? 玄関に用意されてるってさ」
そう言って、二人は玄関に赴く。其処には赤い布と緑の布で作った真新しい履物が用意されていた。
「マナム。マコト」と、穏やかな男性の声が呼び掛けてくる。「今日は、だいぶ長い距離を飛ぶことになるよ」
そう言ったのは、神主の衣装を着ている、少年達の郷里の者としては上背の高い人物だった。
「先生。ぽっくりはどうしたの?」と、赤い着物の男の子は聞く。
「この社の人達が、ご神体として祀りたいって」と、男性は答える。「片足ずつで良いって言ってたけど、片方だけ残っても歩きづらいだろう?」
「そうですね」と、緑の着物の女の子が言う。「簪達の次は髪の毛、次はぽっくり。次はそろそろ、着物を剥がされるようになるのかしら?」と。
「そうならないように、もう社に泊まるのは止めにするよ」と、神主は答える。「マコトも、今までよく我慢してくれた」
「僕だって我慢しました!」と、マナムと言うらしい男の子は、姉より長い髪を肩で揺らしながら言う。「みんな、マコトのものばかり欲しがるんだもん」
「そう言う意味の我慢じゃないの」と、マコトは苦い声を出す。「貴方は、誰かから『ちょうだいちょうだい』って言われる事の辛さが分かってないのよ」
「『ちょうだい』って言われるくらい、良いものだって事でしょ?」と、少年は何かわからないプライドを持て余しているらしい。「僕よりマコトのほうが良いって、みんな言ってるって事でしょ?」
神主と緑の着物の少女は、「こいつの思考回路はどうしたものかなぁ」と言う顔をした。
何か言いかけたマコトのほうに手をかざして、神主は赤い着物の少年に声をかける。
「マナムは、マコトのほうが『みんなに認められていて羨ましい』と思っているのかい?」
「羨ましくはないけど……」と、マナムは自分の主張をひっくり返す。恐らく、本人も自分が何を主張したいのかは分からないのだ。
「マナムは、みんなから『簪をちょうだい』『髪の毛をちょうだい』って、それが無くなるまで言われ続けるのが、嬉しい事だと思ってるのかい?」と、神主は再び問う。
「嬉しい事……」と、マナムは復唱する。
「みんなに求められるままに、髪の毛を切りつづけたら、どうなる?」
その結果が、禿になると言う事は分かっている。女の子にとって、禿になると言うのは非常に傷つく事なんだろう。だけど、マナムのほうが髪が長くても、みんなマコトのほうの髪を欲しがる。
「だって、みんな……マコトのほうが力があるからとか……」と、各地の社の人々が、少女の髪を採取するために考え出した言い訳を、少年はまともに受け取っていた。
「マナムとマコトの力は同等だよ。少し種類が違うだけだ。でも、そんな理由で髪を切られ続けたマコトが、『喜んでた』と思うのかい?」
神主の問いに、マナムはちらっと姉を見る。マコトは、怒った顔のまま、弟を見つめ返す。彼女の髪の毛の長さは、辛うじてマコトが女の子であることを示していた。
マナムの前にマコトが現れるようになったのは、四歳の頃だ。
稚児として神仕えをする事になったマナムは、当時、郷里の神社の社に住んでいた。ずっと昔に名のある武人が建てたと言う社の柱は朱色に塗られ、白い壁は少しくすんでいた。
親元を離れたのが心細くて、マナムは時々隠れて泣いた。そんな時に、マコトが現れたのだ。
初めて会った時のマコトは、顔も体型もマナムとそっくり同じで、マナムと同じ服装をしていて、同じ髪型だった。
マナムの頭を撫でて慰めてくれて、「私、貴方のお姉ちゃんになってあげる」と、マコトは言い出した。
何処から来たかも分からないマコトの事を、神社の人々は畏れるように崇め、それまで唯の稚児だったマナムを、「神成子」として神聖視するようになった。
それから、マナムとマコトは幾つかの「祈祷」の方法を教えられ、社を訪れる者にそれを施した。
祭りで「よりまし」として働くのはマナムの仕事だったが、六歳である今はその仕事も卒業の頃合いだった。
しかし、マコトのほうは「人ならざる神力」があると噂され、今後も信者が集まって来そうな様子を見せていた。そう言ったところでも、マナムはマコトに嫉妬して居たのだろう。
大陸の南から来たと言う「先生」は、色づきの良い褐色の肌と、しなやかな黒い髪、そして灰色の瞳をしていた。名を、イズモと名乗っていた。
その名が、氏名のどちらなのかは分からない。
「イズモ先生」の血筋は幾つかの民族の血が混ざりあっている。それでなくても、元々イズモの居た土地で半年も過ごせば、マナム達も日に焼けた肌を持つようになるだろうと教えられていた。
イズモがマナム達の郷里の神社を訪れた時、マナムとマコトは彼に、「国を渡る旅行をしないか」と、秘密の話をするように問いかけられた。
マナムも、最初は訳が分からず、「国を渡る」と言うのはどう言う事かとイズモを問い詰めたが、どうやら世界と言うのは、この国や山を挟んだ隣国以外にも存在するらしい。
海を渡ったその向こうにも、巨大な大陸と言う物が存在すると聞かされ、まるでおとぎ話みたいだと思った。




