9.いつもの彼女で居る事を
ハンナからの通信を受け取ったジークは、ハンナの保護している少女が「護身のための魔術を習得し始めた」と知った。
ハンナの保護下に居る少女、カーラは、その素養があるのに、未だに守護幻覚を発現できない。
彼女を勇士に選んだのは間違いだったのか? と、ジークは考えたが、ハンナはまだ諦めていない。
「カーラには、出来るだけ守護幻覚の発現にだけ、力を注いでもらうつもり。護身の術を覚えても、彼女自身が、守護幻覚を必要としなくなってしまう状態には持って行かない」
そう語っていたが、ジークはカーラの情報と近影を見せてもらった時に、「内側に闇を抱えてそうな娘だ」と思った。
特に、目つきが悪いとか表情が暗いとか、そう言う事ではない。何かに怯えているような、その何かを仮定するなら、外の世界を知る事を恐れているような、そんな印象だった。
ハンナは、自分の住んでいる土地で「知覚的感覚網」を作ろうとしている。しかし、彼女は塾の講師をしているので、二十四時間カーラだけを監視し続けるネットワークは作れないだろう。
そもそも、ハンナがカーラを引き取ってから三年間、守護幻覚からカーラに対する接触はあったのだろうか? カーラは、姿の無い者の声を聞いた事はあるのか? と疑問が浮かぶ。
それを通信の向こうに問いかけると、返事はこうだ。
「確かに、ジェームスが居た頃に、姿のない何かに向かって、カーラが心の中で呼びかかけていた事があった。其処から、ジェームスが植物のネットワークを教えるようになったの」
「芽吹きはあるのか」と、ジークは返事を期待しないで呟く。
ハンナは心配が募っているらしく、「もしかしたら、守護幻覚自体はもう存在するのかも知れない。だけど、その存在がカーラを守ろうとしていない。何か理由があるんだと思うけど」と、先ほど言えなかったことを、言いにくそうに告げる。
ジークは「んん……」と唸って考え込み、ハンナは話し続ける。
「古の神々について教えてもらった時に思った、私の感想だけど、カーラが『吞み込まれてしまう』可能性があるわ。守護幻覚と意思の疎通が取れないままだと、いずれ彼女の身に危険が及ぶ。
ジェームスの助けが無くなったからと言っても、二月でカーラと『彼等』のループが重なるなんて……。追いつかれるなんて、あり得ないもの」
「カーラがゴロツキに殴られたのが、守護幻覚からの干渉だって事か?」と、ジークは確認する。
「最悪の事態を考えばね」と、ハンナは声を潜める。「守護幻覚からの呼びかけを、カーラがずっと無視し続けて居るか、拒否し続けてる可能性がある。無視を続けられた守護幻覚がどうなるかは、歴史が語ってるわ」
「散々な歴史だけどな」と、ジークは返し、ハンナを落ち着かせるように言葉を選ぶ。
「状況は分かった。今の俺に言えるとしたら……。ハンナ。あんたとカーラが、話し合う事が必要だ。カーラは、恐らく何かを恐れている。守護幻覚にも守れないものを、心に抱えてるみたいに思える。
思春期の女の子達には、『導』が必要だ。人間の子供は、俺達より繊細な作りをしてるんだろ? 飯をがっつかないくらいには」
それを聞いて、ハンナは通信の向こうで息を吐いた。
「そうね……。ええ、そうね。私まで、『彼女』を怖がったりしたら……」と、自分に言い聞かせるように、ハンナは震える声で呟き、固唾をのむ。「落ち着いて考えてみるわ。ありがとう、ジーク」
「焦らせるわけじゃないが、話し合いは早いほうが良いだろうね。じゃぁ、お疲れさん」
「お疲れ様」
そう言葉を交わし、何時もの調子で通信を切った。
ジーク達は知っている。大地の底に眠る赤子が、どのような経緯でその世界に閉ざされ、そして、閉ざされることによって、星を食らうほどの力を得たのか。
星の中の赤子は、正確には彼とも彼女とも呼ぶには適さない。それは「赤子」と言う言わば胚の状態で、無理矢理性別を当てはめるなら女性体だ。生物の基本構造のままの姿なのだ。
「男の肋骨から作られた女か……」と、ジークはそう呟き、多数の術的基盤と機器を通して目の前のゴーグルに映している「赤子」の姿を見ている。
かつて、神になろうとして磔にされた男の躯を乗っ取り、人間になろうとした守護幻覚の成れの果てだ。
本体と融合した守護幻覚は、テラと言う「母」を得て、その力を貪り食う事で「神」に成ろうとしている。もし、星の核が食われつくすことがあれば、強大な魔力変換が起こるだろう。
アンを見張って居た、神気を操る者達も、この「赤子」の命を狙っている。大地の中に内包されたエネルギーを、放出させ続けて居る彼等は彼等で、何か理由を持って居るようだ。
星の中の赤子を葬り去る方法は、幾つかあるだろう。ジーク達も話し合い、アンが提案した方法を実行中である。だが、その方法の仕上げには、人間達とガルム・セリスティアの協力が必要だ。
ヤイロ・センドは「サクヤ」を、ハンナ・マーヴェルは「カーラ」を選んだ。そして第三の人物は、別の子供を連れて地表を移動している最中だ。
それは一大計画に則った、厳粛な儀式なのだ。それが上手く行くことを、ジークは祈っている。
「私が留守の間は、お前が『私と同等の立場』で、アン・セリスティアを助けろ。任せたぞ、ジークフリート」
北の海に戦いに行っているメリュジーヌが、噛んで含めるようにジークに言い聞かせた言葉だ。
海の女主人と同等の権限を与えられ、同等の責任を課せられた。
アンを助ける事によって、ジークに見返りがあるとすれば、メリュジーヌからのより一層の信頼を得られ、あの女主人の顔を蒼白にせずに済むことくらいだ。
間違っても、主人の顔を、悲しみで曇らせることがあってはならない。
もし、アンが死亡して、メリュジーヌがその仇を取ったとしても、敵を殺戮する事で怒りが収まったとしても、愛しい者を失くした悲しみと言う病は、晴れる事はないのだ。
「分かってる。分かってる。分かってる」と、ジークは三回唱えた。装置に包まれた膝の上に羊のぬいぐるみを置いて、その背を撫でた。




