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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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6.渦中の人々

 その人物達の移動速度を考えると、後半年くらいはかかりそうだった。一匹の渡り鳥が、地面を観察しながら、空をツーッと飛んで行く。

 スコープを何重にも重ねた「望遠ゴーグル」をかけたまま、人間の姿をした機械の塊と言った様子の青年は、手元の地図に緩やかな軌道を描いていた。

「あんまり余裕はないなぁ」と独り言ち、体中にへんてこりんな機械の塊を付けている彼は、頭の周りを覆うゴーグルやケーブルの中で、ぐちゃぐちゃになっている髪の毛を、人差し指と親指だけ空いている手で搔く。

 そして通信機の術を起動し、相手に呼びかけた。

「セリスティア。あー。じゃ、なくて、アン? 聞こえるか?」

「はいはい。聞こえてる。そっちはどう?」

「君の視野は確実に増えてる。だけど、視点をいくら切り替えても、コースに歪みが発生している。それから、もうちょっとスピードアップしないと、ヤバいかも」

 ゴーグルの青年は、耳元のヘッドフォンのようなものを押さえながら、通信機に呼びかける。

 返事はこうだ。

「ヤバいって何が?」

「あのねぇ、君は一応人間だよね」と、呆れた声を出すと、「そうですねぇ」と暢気な返事が返ってくる。

「人間の体から魂が無くなると、体はどうなると思う?」と、青年は聞いた。

「え?」と、相手は、鳩が豆鉄砲を食らうと言う様子だ。「それは……まぁ、放っておけば死にますねぇ……」

「だろ? 弟さんが様子見てくれてるって言っても、体に無理させたままの状態なんだから、なるべくこの件はサクッと片づけたいだろ? 半年悠長に構えてたら、何かの原因で君の体が死ぬかもしれないでしょ?」

「やだなぁ。脅かさないでよ」と、今度は不満そうに文句を言ってくる。「大丈夫だって。使者と勇士が正常に移動しなかったら、いずれみんな死ぬんだから」

「何処が大丈夫なもんかい。今、お前……ん。君に死なれると困るんだよ。僕等の唯一の情報源なんだから」と、つっかえながら青年は返す。

「私だけが情報源にならないように、視野を増やしてるんでしょ? それを有効活用して下さいな」

 あくまでも暢気な通信先に対して、青年は音を立てないように、色んな機器の隙間に置いてあった「イライラした時にモフるためのぬいぐるみ」の頭を、装置に埋まっている手の平で連打した。

「あのさー、アンって」

 ゴーグルの青年は、冷笑を浮かべながら変な問いを言い出す。

「結婚申し込まれるときに、『愛しています。一生を添い遂げて下さいませんか。あなたの人生に対してこのような協力が出来ますので』って言われないと、分かんないタイプ?」

 その問いに対する返答はこうだ。

「いや……。私に求婚してくるのは、詐欺師だと思うタイプ」

「莫迦魔女! お前なんて嫌いだ!」と、青年は笑いながら泣き声でキレる。「龍族を巻き込んでるんだから、もうちょっと自分を労われ! 自分が今回の件の要であることくらい、認識しやがれぃ!」

 しばらく通信の相手は黙ってから、「それはつまり?」と聞いてくる。

「メリュジーヌの側近、ジークの名において、君に四週間の休暇を与えます。身体に戻って養生してくるように」と、ゴーグルの青年は通信相手に命じた。

「休暇に良い思い出ないんだけど?」

「じゃぁ、これから良い思い出を作ってらっしゃい。まぁ、三年以上放っておいた身体なんだろうから、眠ってるくらいしかできないと思うけどにぇええええぇぇぇえええ~?」

 ヒューヒュッヒュと言う、底意地の悪そうな笑い声を残して、ゴーグルの青年ジークは、通信先に居る「莫迦魔女」に向かって術を仕掛けた。

 通信先に居たはずの霊体の気配が、ごく小さな的しか絞れない位置に移動する。

 アン・セリスティアを見張っていると言う誰か達にも、気づかれないように移動させることができただろう。

 地の茶髪と、緑のインナーカラーがぐちゃぐちゃになっている髪の毛に、ガリガリと人差し指の爪を立てながら、ジークは羊のぬいぐるみを機材の隙間から持ち上げ、唯一露出している顎に密着させる。

「あー。ムカつくムカつく吐き気を催す」

 口の中でも愚痴を言いながら、羊の背の上で顎を転がす。

「なぁーんで、あぁーんなのに惚れちゃってんだろうね、うちのご主人様はよぉぉぉ……?」

 言葉に出してみてから、セリスティアの前では、一人称や二人称を柔らかくしようとしている自分も、彼女に取り入りたいと言う気持ちはあるのかと考えた。

 それと同時に、物凄い形相でこっちを睨みつけて来るメリュジーヌを連想し、背筋が冷えた。

「いやいやいやいやいや……。あんなお天気屋さんの、わっけわかんない女は嫌だ」と言ってみたが、その訳の分からないお天気屋さんは、帰ってきた海の女主人を、意のままに骨抜きにしているのだ。

 一体どんな方法で? と言うか、あの気高い女主人が、赤子のようなクスクス笑いを溢すほどの「楽しい一晩」って何? なんだったら俺も参加したい……等々と、余計な事をどんどん考えてしまう。

「んま、あいつが死んだら、メリュジーヌが激昂するしな。俺はあくまで、側近。女主人の命に従うだけ。オーケー、俺。とりあえず……視野を変えるか」

 そう言った言葉を唱えてから、ジークはテレビジョンのチャンネルを替えるように、魔力メーターをパチパチと切り替えた。その度に、ゴーグルが捉える視野が変わる。

 木々の深い森の廃墟、海の果ての氷山の様子、その海の中を泳ぐ魚達、続く海温と海流の異常と、それに伴う各地の異常気象。

 季節外れの暴風雨と、季節外れの炎天下に悩んでいる箇所が、幾つかある。

 其処に通信が入った。ヘッドフォンを押さえ、通信機のスイッチをはじき上げる。

「いえっさ。ジークでござります」と、ふざけた返事を返すと、「こちら、ハンナ」と、見知った声が返ってきた。

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