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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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22.朱い目の双子

 木曜日深夜四時

 エムツーとサブターナと、彼等は呼ばれていた。発電所の中に在る、とある休憩室が、彼等の居室だ。

 彼等の瞳は作られた時から(あか)く、意識を持った時から年の頃もほとんど同じくらいだった。どちらも同じ、三歳児くらいの姿をしている。

 エムツーは、エムのスペア。サブターナは、ターナのスペアだ。

 もし、オリジナルであるエム――現在のアダム――が死亡した時や、体や魔力の構造に異変を起こした時、計画を継ぐために作られた。

 エムツーとサブターナも、その事情を知っている。

 しかし、自分達が「計画が順調に進めば処分されるだけの存在である」と言う自覚はないし、敢えてそれを説明する愚鈍な者達も存在しなかった。

 エムツーとサブターナは、いつも一緒だった。食事を摂るのも一緒、服を着替えるのも一緒、眠る時も一緒、おしゃべりをする時も一緒。

 二人は、自分達の価値は同じで、自分達は一緒に行動するものなのだと、自然に学んだ。意識を持ってから二時間の間、同じ扱いをされたからだ。

 知識も行動能力も持って生まれた二時間と言う時間が、二人にとって長いのか短いのかは、彼等にしか分からない感覚だろう。


「サブターナ」と、エムツーは呼びかけた。「お話の時間って、どんなお話が聞けるのかな」

「そうだね。どんなのだろうね」と、サブターナは答え、壁の時計の見える場所にある寝椅子の上に上りつき、腰を掛ける。

 エムツーも、同じように寝椅子に上ってサブターナの隣に腰掛け、膝から下を椅子の端から下げた。

 育児係が約束していた時刻は、時計の短い針が四をさして、長い針が五をさす時間。

 コツコツと言う靴の音が廊下を行き来する度に、育児係が来たのかと思って、エムツー達は期待に顔を輝かせた。

 やがて、ドアの前で足音がやみ、ノックが聞こえた。二人が黙って待っていると、育児係が本を持って入室してきた。

 すっかり準備万端の二人を見て、育児係は口元に笑みを作った。

 育児係は、頭から鹿のような角をはやし、獣と人間を混ぜた女性の姿をしている。廊下でコツコツと音を鳴らしていたのは、彼女の蹄の音だったようだ。

 育児係は、持ってきた本に書かれている「創世記」を、エムツーとサブターナに話して聞かせた。

 世界の全ては「造物主」が作ったものであり、育児係達のような魔神は「造物主が力を与えた存在」であると説明した。

 造物主は、世界を七日間で作ってから、「アダム」と言う人間を作った。アダムは世界の全ての存在に名前を付けた。その後、造物主はアダムの肋骨からイブを作り、彼の妻とした。

「エムツー、サブターナ。もし、オリジナルに異変があったら、貴女達は新しい『アダム』と『イブ』として、人類の祖とならなければならないの。その時に、私達を忘れないでくれると、とても嬉しいわ」と、育児係は言う。

「忘れないよ」と、エムツーは答えた。

「忘れられた事があるの?」と、サブターナは聞いた。

「ええ」と、少し悲しげな表情で、育児係は言う。

「人類は、何度も間違えてきたの。私達魔神を、『造物主が戯れで作った出来損ない』だと言って、常に世界から排除しようとしていたの。私達は、それがとても悲しかった。

 それで、私達を受け入れてくれる『エデン』を作った。それが、今あなた達の育とうとしている、この世界よ?」

 エムツーは、何となく周りを見回し、サブターナは魔神の言葉に耳を澄ました。

 育児係は語る。

「今はまだ、あなた達を外の世界に導くわけには行かないの。外では、古い人類達がエデンの環境を壊そうとしていて、とても危険なのよ」

「古い人類は、どうして間違いに気づかないの?」と、サブターナが問い重ねる。

「自分達がそれまで生きていた環境のほうが、古い人類にとっては居心地が良いの。だけど、私達や、あなた達にとっては、古い環境は息が出来なくなるほど苦しいものなのよ」と、育児係。

「どうして古い環境は苦しいの?」と、今度はエムツーが聞いた。

「私達の生存には、あるエネルギーが必要なの。そのエネルギーは、『向こう側の世界』から送られてくるわ。

 今までの世界では、古い人類達が、その『向こう側の世界』のエネルギーを嫌って、世界から排除しようとしていたの。その影響で、古い世界では、『向こう側の』エネルギーが、場所によってはとても希薄なの。古い世界で私達が息をする時には、必要な空気が入って来ないような苦しさがあるわ」

 育児係の話を一通り聞いてから、エムツーとサブターナは細かく質問を繰り返し、二十分もする頃には「世界」の事情を理解した。

 育児係が部屋を去った後、二人は自分達が理解した世界の様子を確認し合った。

「世界の全部は、『造物主』って言うものが作ったのに、魔神達は差別を受けているんだね」と言う内容で、二人の意見はまとまった。

 もし、彼等のオリジナルであるアダムが力を失ったら、自分達がその任の後を継いで、人類の祖として生きる……ならば、今度こそ「間違わない人類」を作ろうと約束し合った。

「でも、もし、オリジナルが今のまま生き続けたら、私達、この部屋に居るままなのかな?」と、サブターナは疑問を口にする。

「そしたら、この部屋を僕達のエデンにしよう」と、エムツーが言い出した。

「僕はこの部屋のアダムになるから、サブターナはこの部屋のイブになって。それで、子供を三人産んで……みんな、仲良く生き延びられるようにしよう。三番目だけ生き残るなんて、とっても寂しいよ」

「食べるものはどうするの?」と、サブターナ。自分達二人だけの食事で、五人も生きられない気がした。

「食事係が運んできてくれるじゃないか。子供が増えたら、子供の分も持って来てくれるよ」と、エムツーは信じ切っていた。

 エムツーとサブターナは、お話が終わってからの三十分をおしゃべりに費やし、やがて疲れて眠ってしまった。


「スペアである双子の成長は順調」

 育児係は記録を書く。

「外部での戦闘を行なっているアダムの生存確率が減少している。エネルギーの過剰放出と、要因Aの影響は大きい。

 要因Aは、『大天使』さえ吸収し支配下に置く能力を持つ。人間の範囲を超えた力ではあるが、朱緋眼を持つ者には、それだけの能力的可能性があると言う事だろう。

 要因Aについて、細密な調査を行なう必要がある。要因Aへのアダム本人による、言霊の術は無効。要因Aはこちら側に強い敵意を持っている。協力を願えるとは考えられない。

 アダムは、要因Aを殺傷して能力を奪う計画を立てている。それを実行しても要因Aを止められない場合、このエデンを放棄する必要がある。

 双子の育成・保護は継続。異なるエデンを形成した場合、彼等を『ヒト族』の祖とする事にしよう」

 そう記録してから、育児係は一度瞼を閉じた。

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