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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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4.おやすみジェームス

 ある日、カーラは()()()()の公園の遊歩道で、ジェームスから教わった事を思い出してみた。「心の中で耳を澄ます方法」だ。その方法を意識すると、静かな公園から、色んな声が聞こえてきた。

 花壇の花は「水を撒くなら十時前に」と言って居るし、鳥達は「良い砂は無いか」と呟いては地面をつつく。

 木陰を作る木々に近づくと、「根を踏まないで!」と言う哀願が聞こえてきた。

 十二歳の頃だったら、この木々を通して、館の二階の寝室にいるジェームスと、外に出ているカーラは、念話と言う物でおしゃべりが出来た。

 ジェームスは、外や地面に何が居るのかに興味があり、カーラはジェームスが見聞きしている、「普通以外の世界」に興味があった。

 ――植物には、彼等のコミュニティがあるんだよ?

 ジェームスは、喋るのより得意な念話で話していた。

 ――カーラの近くに植物があったら、君の居る場所はすぐに分かる。もし、助けてほしい時があったら、身近な植物に声をかけてみて。ペーパーテスト以外の答は返せるから。

 そう言うジェームスに、「なんでテストの事は答えられないの?」と、カーラは聞いた。

 ――念話の術を使ったカンニングがあるって、勉強を教える人達も分かってるからだよ。ペーパーテストの間は、『限定結界』って言う術で、念話は封じられるものなんだ。

 そう答えてから、ジェームスはまだ「きょとん」としているカーラに、例え話をした。

 ――テストの時に、フォンを使って誰かに答を聞こうとしたら、怒られるでしょ? それと同じだよ。

 それを聞いて、カーラはようやく具体的にイメージできた。念話は、頭に直接話したり、話しかけられたりする、フォンの様なものなのだと。


 あれから三年が経過し、カーラは十五歳、ジェームスは二十歳になった。

 もう、ジェームスは念話でも、話す事はできない。屋敷の中で、酸素吸入器を付けて、苦しみを紛らわすための薬を点滴されている。その体はまだ十歳くらいの少年に見えた。

 意識は朦朧としているらしく、ほとんど眠った切りのジェームスは、時々断片的に「水」や「暑い」や「寒い」を告げて来て、その他に、時々もやもやとした思考の影を見せた。

 ハンナに、ジェームスの思考は混乱してしまっているのかと聞くと、「あのもやもやした影は、眠っている人の思考が発するものなの。眠ってる間に夢を見ているのね」と、彼女は言っていた。


 ハンナの下で、カーラが地理に付いて勉強している時、突然「勉強は楽しい?」と言う、ジェームスの声が聞こえた。

 何処か、近くに植物はあっただろうかと見回すと、勉強部屋の机の上に白い薔薇が飾られていた。その薔薇から、久しく聞いてなかった、ジェームスの声が聞こえる。

 ハンナも薔薇のほうを見る。ジェームスの声が聞こえていたようだ。しかし、ハンナの反応はカーラより神経質だった。目に特殊な魔力を宿して、遠くを見るような視線を寝室のほうに向ける。

 それから花瓶の花を見て、何かを察したように目を閉じた。

「ハンナ?」と、カーラが声をかけると、ハンナは目頭を押さえてから息を吐き、「ジェームスが、直接話したいそうよ」と言って、カーラを寝室へ連れて行った。


 ジェームスの隣には、医師が来ていた。聴診器をジェームスの胸にあてて、患者の首筋と手首に触れる。

「脈拍がごく弱くなっています。今夜いっぱい持つか、分かりません」と、医師は言う。

 今夜いっぱいと言うのは、患者の家族を思っての虚言だ。ジェームスの脈は今にも止まりそうで、指先は冷え切って、体温が届いていない。

 ――僕の体、もうすぐ死ぬんだ。

 苦しんでいる風ではない、ジェームスの念話が聞こえてくる。

 ――感覚がね、段々麻痺して行くのが分かるんだ。しばらく、お喋りは出来なくなるのかな。

 ――もう、喋らなくて良いんだよ。

 カーラも念話を返した。

 ――おやすみ、ジェームス。

 ――悲しいこと言わないでよ。

 ジェームスは返してくる。

 ――僕は、まだ『神様の所』に行く気はないんだから。

 ――じゃぁ、何処に行くの?

 ――そうだな……。しばらく、世界を回ってみたい。何処にどんな社会があって、どんな人達が居て、どんな風景があるか知りたいな。

 これから大冒険に行こうとしている少年のように、ジェームスは言う。

 ――カーラの生まれた国にも行ってきたい。イディシュに。

 ――ウィディシュ。

 そう教え直しているカーラと、体の状態に反して、どんどん「意欲的」になって行くジェームスのやり取りを、ハンナは静かに見守る。

 機能が完全に停止する前に、ジェームスの体は霊体を切り離した。もう、魂を留める役割が出来なくなったのだ。ジェームスの心の声が止まる。

 青白い霊体は、空中に浮かんだまま、まだ能力をコントロールできずにいる。くるりくるりと何度も宙返りをしてから、カーラとハンナのほうを見た。

 笑顔を浮かべ、片手を振り、少年の姿をした霊体は、窓の外の木の枝のほうに、溶けて消えた。 

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