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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第六章~哲学者のうたた寝~
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3.私はカーラ

 カーラを引き取ってくれた、オレンジ色に近い金髪の女性は、名をハンナと言った。ハンナ・マーヴェルと名乗っていた。

 船旅の後に、馬車と徒歩の旅を続けて、辿り着いた先にあった屋敷を一言で言うなら、「館」である。

 ハンナの語る所によると、ハンナの祖母から受け継いだものらしい。

「ずっと、色んな所を直しながら住んでたんだけど」と、ハンナは言い、壊れている雨どいを指差した。「また直す所が出て来たみたい」

 ハンナとの二人暮らしになるのかと思っていたが、その家には老年のメイドと、そのメイドが面倒を看ている少年が居た。

 ハンナがドアをノックして少年の寝室に入ると、メイドは一礼し、少年はぱちりと目を開けた。彼はカーラとほとんど同い年に見えたが、ベッドに横たわったまま動かない。

 その少年も、オレンジ色を含んだ金髪で、皮膚の色も瞳の色も、ハンナによく似ている。

「私の弟。ジェームス・マーヴェル」と、ハンナが言うと、少年は「名前くらい、自分で名乗らせて」と、非常にか細い声で言う。

「呼吸するだけで一生懸命な人は、余計なお喋りはしないの」と言って、ハンナは弟の真っ白な額をつつく。

 少年は反論する気力もないようで、枕とブランケットの中に、埋もれるように頷いた。


 カーラは、彼女用の部屋を宛がわれてから、ハンナに訊ねた。あのジェームスと言う少年は、何かの病気なのかと。

 ハンナは聞かれることが分かっていたように、「内臓がね、生まれつき弱いの」と答えた。「生まれた時は正常だったけど、この頃はどんどん悪くなって行ってる。あの子、幾つくらいに見える?」

 急に問い返されて、カーラは少し考えた。顔つきは自分とほとんど同い年に見えたけど、男の子と女の子は身体の成長に差があるはずだ。

「十三歳くらい?」と、カーラは疑問形で聞いた。

「ううん。あの子、十七歳なの」

 ハンナは謎々を解いてあげた。

「一歳の時点で、内臓の機能が成人年齢を超えて、後は一年間に、四歳くらいのスピードで老化するようになった。猫化症(びょうかしょう)って言う、悪い魔力の影響なんですって」

 カーラは何を聞くべきか考えた。その病気は何? と聞くべきか、移る病気なのかと聞くべきか。それとも、何か言葉をかけるべきだろうか。大変だね、とでも……。

 少女が言葉に迷っているのを見て、ハンナは「あの子、外の世界の話を聞くのが好きだから、たまに話しかけてあげて」と、分かりやすいお願いをした。

「分かった」と言って、カーラは幾つかの事情を飲み込んだ。

 ジェームスと会話をする事で、彼の病気は移らない事と、この世界には「魔力」と言う力が存在する事。それから、その魔力には、良いものと悪いものが存在する事。

 そして、船の中でハンナが見せてくれた、プラズマ体の現象は、「魔力」と呼ばれる力による現象なのだと言う事も。


 先に「不思議がった」のは、ジェームスの方だった。少し気分の好い日だったらしく、彼はベッドの上に体を起こし、窓から見える枝葉の揺れる様子を、熱心に観察していた。

 カーラが、場所を選ばずに起こる「ハチドリ機のネジを巻いて」の声に、心の中で返事をした時、ジェームスは、まるで声が聞こえたように、「カーラは、誰と話してるの?」と聞いてきた。

 カーラは「何も話して無い」と答えた。

「あ……。うん、そうか」と、ジェームスは独り言のように呟き、「普通の人は、そうだよね」と、恥ずかしさを誤魔化すように笑んだ。

 ()()()()と言う事は、ジェームスも、誰かと話していたのだろうか。

 カーラはそう気づき、「貴方は、誰かと話してたの?」と聞き返した。

「うん」と、隠す様子もなく、ジェームスは答える。「此処の窓から、枝が揺れるのが見えるでしょ? あの枝と話してたの」

 カーラは実際に、ジェームスの指差した窓のほうを見てみた。確かに、緑色の葉をつけた枝が揺れている。

「どうやって枝と話すの?」と、カーラは聞いた。

「うんと……。こんな感じで」と言って、ジェームスは、白いブラウスに包まれている自分の胸に、手を置く。

 すると、カーラの頭の中に「聞こえるでしょ?」と、ジェームスの声がした。しかし、目の前のジェームスの唇は動いていないし、腹話術のように歯を見せているわけでもない。

「それは、どうやるの?」と、カーラは聞いた。

 唇を動かさないジェームスの声は言う。「心の中で思ってみて。最初は、僕が聞き取るようにするから」

 カーラの頭の中は、何を思ってみようかと言う、小さな考えでモヤモヤし始めた。幾つか考えてみてから、「私はカーラ」と、心の中で唱えた。

 ジェームスは、優し気に口の端を持ち上げ、「僕はジェームス」と、カーラの頭の中に直接響くように声を返してきた。そのまま問う。「カーラは、何処から来たの?」

「ウィディシュ」と、カーラの思いついた単語を読み取り、ジェームスは「それはどんな所?」と、問い重ねてくる。

「此処より東で、もっと暑い場所。大陸の南側」と、カーラの頭の中で答えが纏まると同時に、ジェームスはそれを読み取り、「もしかして、イディシュの事?」と返してくる。

「ううん。ウィディシュ」と、カーラは頭の中で思ってから、「此処の言葉とは、少し違って発音する」と、声に出して返事をした。

 その様子を見て、ジェームスも「頭と口が連動して来たね」と、声に出して言う。「喋ってるみたいに心の中で思えるようになったら、あの枝とも喋れるよ」

 その日から、カーラはジェームスの部屋に行く度に、「窓の外の枝」と喋る訓練をするようになった。

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