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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集5
215/433

アンねーちゃんとチーズケーキ 4

 姉の見舞いに、ノックスとコナーズを連れて行ってから、特にノックスのほうがうるさい。

「アンねーちゃんはどんな人だったのか」とか、「好きな飯とか、好きな花とかあった?」とか、「その実、血のつながった異性が居るって、どんな感じなの?」とか。

 なんでそんな事が知りたいのかと質問すると、「だって俺、男五人兄弟なんだもん」と返ってくる。「しかも俺、三番目なんだよ。上に二人下に二人。もう、板挟みどころじゃなかったね」と。

 どうやら、ノックスとしては、男兄弟の存在に圧力を感じているので、女の子のきょうだいがいると言う状態に、憧れのようなものを抱いているらしい。

「いや、それは……まぁ、気を使う方法が変わるだけだよ? 相手が風呂に入ってる時に、見ないようにするとか、部屋を移動する時は必ずドアを叩くとか」

「トイレとかも?」と、聞かれ、「大体の場合は、そのとき鉢合わせないための予防線だね」と答えた。

「女の子って、何時から胸がでかくなるの?」と聞かれた時は、「知らない」と答えた。

「そんなに長く一緒にいなかったから」と言うと、「え? お前も、家出たの十五の時だろ? そうすると、アンねーちゃんはお前と五つ違うから……その時、二十歳のはずだろ?」と、ノックスは変な計算を始める。

「色々事情がありまして。十五年間一緒にいたわけじゃないの」と、ガルムは少しイライラしながら返事をした。

「へー。事情持ちなんだ」と、ニタニタしながらノックスは調子に乗る。「まぁ、その辺りは追求しないとして、アンねーちゃんの好みのタイプとか分かる?」

「それが分かったらどうするっての?」

「いや、色々想像して楽しみたいじゃん」

「お姉さん過ぎる人は嫌いなんじゃなかったの?」

「いや、それは……ルイザさんに失礼だから、あんまり言わない」

「そうしておいて」

「でも、アンねーちゃんはリアル二十代じゃん。しかも前半。プラス五年以内。全然範疇」

「病院で眠ってる人を範疇にしない」

「眠れるお姫様が目を覚ました時に、王子になってたいじゃん」

「何年後に目が覚めるかも分かんないのに?」

「あのねー。そう言う事は、常に先読みして考えるもんだぜ?」

 ノックスは二段ベッドの梯子に登りついて言う。

「明日目が覚めるかも、来週目が覚めるかも、来月には? って。待ってるほうが期待を持たなきゃ、眠ってる人の人生なんて真っ暗だろ? 俺等でアンねーちゃんの『オハヨウゴザイマスの会』を作らんと」

 そこまで言い切られると、何故かノックスのほうが正論を言って来ているような気がしてしまう。動機が不純でも。

「……そうな」と、ガルムは答えて、ノックスを無視するために眺めていただけの雑誌を閉じた。

「ねーちゃんの……好みのタイプ……って言うと……」と、遠い記憶を再生する。

 あんまり姉が異性に付いて話している所を見た事がないが、「エルドナ・ピソが男前だと言って居たのは覚えている」と思い出した。

「エルドナ・ピソって、アクトレスじゃん」と、ノックス。

「うん。演技の仕方とか、役作りの方向性がカッコイイって言ってた。それを男に置き換えれば良いんじゃない?」と、ガルム。

 ノックスも考え込み、「エルドナ、エルドナ……」と唱え始める。「前作が『マティーニ・オブ・ルージュ』だったけど、もう放映期間過ぎてるんだよな……」

「ああ、それから」と、ガルムはついでに言う。「好物はチーズケーキと小麦粉のお菓子。どんな花が好きかはわかんないけど、アロマのにおいが好きだった。シャンプーとかにこだわりがあって……」

「それだ!」と、ノックスは食いついた。「アンねーちゃんの入院先は、完全看護?」

「まぁ……。そうじゃないと手が回らない」

「それなら、良い考えがある。病院に頼みこむ必要があるけど」

 そう言って、ノックスは何かやる気を出し始めた。


 次に見舞いに……何故かノックスも一緒に行った時、ガルムは「姉の入浴の日に、これを使ってあげて下さい」と言って、百合の香りがするボディーソープと、ラベンダーの香りがするシャンプーを渡した。

「お見舞いの品ですか? 名前の記入は?」と、看護師は聞いてくる。

「此処に」とノックスが指差すボトルの底に、ガルムが書いた「アン・セリスティア」の綴りがあった。


 何日かして、ガルムが一人だけで見舞いに行った時、看護師は「お姉さん、最近優しい顔をするようになったんですよ」と声をかけてくれた。「特に、体を洗ってる時。気分が良さそうに」と。

 それを、基地に帰ってからノックスに報告すると、「じゃぁ、これからも『オハヨウゴザイマスの会』は継続な」と言って、拳を差し出してきた。

 継続するにしても、何をどうするべきかと思いながらも、ガルムは「やるだけやってみよう」と応じて、相手の拳に拳を軽くぶつけた。


 それからも、ノックスの「お見舞いの品作戦」は続いた。世の中には、クリームタイプの香水や、アロマの香りのハンドクリームがあると知ると、それを購入してガルムに持たせる。

 最初の時とは違って、無理矢理ついてこようとはしなくなった。その代わり、「ちゃんとアンねーちゃんに『処方』してあげろよ」と言う。

「分かった分かった」と答えて、実際に見舞いに行った時、クリーム香水やハンドクリームを、べたべたしない程度の量、姉の手の甲に塗ってあげた。

 其れまで、消毒液のにおいしかしなかった病室に、花の香りが漂うようになる。眠っている姉の顔は、緊張が解けたように穏やかになった。

 ガルムは思う。

 幸せを呼ぶのは、こんな簡単な事で良かったんだ。ねーちゃんには何もしてあげられない、と思い込み過ぎていたのかも知れない。

 そう思いながら、ガルムも病室の中を一時的に漂っている香りを吸い込む。

「良い香り?」と、ガルムは小さな声で姉に声をかける。姉は答えない。だけど、今まで何も浮かんでいないと思っていた表情が、仄かに緩んでるのが分かる。

 ノックスは、割と機転の利く奴だ。もしかしたら、柔軟な発想って言う所では、あいつの考え方を見習ったほうが良いのか。

「ケーキ一切れ……」と、ガルムは呟いてみる。そして、ちょっと信じてみることにした。

 楽勝(ピース・オブ・ケイク)

 そう言いながら、自分達は生きていけると。

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