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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集5
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アンねーちゃんとチーズケーキ 3

 それから五年後。十七歳になったガルムは、軍の貸し出し厨房で、たまに菓子と一緒に家庭料理を作る。姉と一緒によく食べていたメニューが多い。

 貸し出し厨房の番人、マダム・オズワルドにも度々試食してもらう。

 その度にマダムは「この上質なシナモンを選んでる貴方の愛に、お姉さんはきっと気付くわ!」とか、「なんて繊細な味付け! まさに宮廷料理!」とか、大袈裟なリアクションをくれる。

 確かにガルムは、香りは良いが肝臓に悪影響があると言うので、お菓子にもカッシアシナモンを使っていない。

 それから、東の方の島国の「田楽(でんがく)」と言う煮込み料理を覚えていたので、昆布と言う珍しいスープの材料を手に入れた時、試しに作ってみたのだ。

 昆布は一番出汁と二番出汁で、異なる風味の出汁が取れる。最終的には、昆布自体が柔らかくなるまで煮込んで、別の具と一緒に食べてしまう。その昆布も、歯ごたえが良くて食べごたえはある。

 コナーズがごった煮会(シチューパーティー)の時に持って来た「昆布巻き」は、やはり東の島国で季節の変わり目のご馳走として、昆布自体を味わうために食べるものらしい。

 決して不味くはなかったのだが、口の中で何度も何度も何度も噛まないと、飲みこめないものではあった。

 思い返すと、昆布巻きの昆布は、元々煮て食べるための昆布じゃなかったのかも知れない。

 昆布の他に、鰹節と言う木の塊みたいな魚の燻製も、出汁を取るための食材として東の島国から取り寄せられる。これは薄く削って鍋で水に浸し、沸騰しない程度の湯でスープを取る。

 西の島国クオリムファルンでも、近年「甘味、塩味、苦味、酸味」の他に、「旨味」と言う味覚が存在する事が注目されている。

 その「旨味」と言うのは、主に海藻や魚等に含まれているとされており、昆布や鰹節の持っている「味」は、この旨味によるものだ。

 そこで、ガルムも、姉が起きるまでに、その「旨味」を扱う方法に慣れておこうと計画している。

 昆布と鰹節から、雑味を出さずにとった一番出汁は、小さく切った野菜やキノコと合わせて「お吸い物」と言う、上品な汁物に出来る。

 その応用なのか、土瓶と言う陶器のポットみたいなものに出汁のスープと具材を入れて、「土瓶蒸し」と言う料理にして、出汁を提供すると言う料理の方法もある。

 その土瓶蒸しにも種類があるが、丸ごとのシュリンプと、色んな種類のキノコが合うとされている。

 この国ではマッシュルーム(キノコ)を区別しないので、それに種類があると言うのすら初耳だ。

「土瓶蒸し」には香りの良いキノコが好まれると、ガルムの読んだ料理の本は書いてあった。リメニアーナと言う国の、ピッツァのトッピングに乗せるキノコなら、取り寄せられるかもしれないと考えておいた。


 そんな「姉が起きた時の準備」をして、休暇の暇を紛らわせているガルムであるが、病院で眠っている実際の姉のお見舞いも欠かさない。

 毎日の点滴とミルクだけで栄養補給をしている姉が、痩せ細って行くのが観るに堪えず、ガルムは姉に治癒の術を掛ける。何時の間にか、「状態回復」以外の治癒の術が上手になっていた。

 習ったことがないのに、自然に憶えた「治癒」なので、正確に何と言う術かは分からない。

 その日も、頬がこけ始めていた姉の額に手をかざして、術を施してから「健康そうになった」姉の寝顔を見て、一人で安心感に口を笑ませた。

 顔は姉とそっくりだと言われるが、ガルムもこの五年で肩幅が広がったし、毎日鍛えているためか、服を脱ぐと、筋肉が異常に引き締まってて、見た目は細くても、とてもごつい。

 変声期を経て、声もだいぶ低くなった。恐らく姉が最後に覚えて居るであろう、三年前の「ハスキーボイスの女の子みたいな声」だった頃のガルムの声とは、声質が違う。

 仮に姉が後三十年間、目を覚まさなかったら、いつの間にか「知らない大人」になった俺を見て、「貴方、誰?」なんて言われるのかなと思うと、笑えてきた。

 笑えて来たと同時に涙が浮かんだ。おいおい、仮説を考えて泣くほど笑うってどれだけ沸点低いんだよ、と心の中で自分に言い聞かせて目を拭ったが、涙の量が変に多い。

 少なくとも、笑い泣きの量の涙じゃない。

 喉の奥がスカスカして、心臓が冷たくなったような錯覚を覚えた。

 血圧が低くなっているんだろう。

 ガルムはそう思って、喉の奥から、重たい息を吐いた。


 憂鬱を引っ張らないように、基地に帰る前に散歩をする。見慣れた町だ。治安の悪い道は避けて、大通りと、ちょっとした横路地をぶらぶらと歩く。夕暮れが空を染めていた。

 記憶にある姉の瞳の色は、夕空みたいな朱色だった。

 だけど、日によって少しずつ色が違うんだよな。魔力的な影響だって本人も言ってたけど、今の俺の目も、そんな感じなのかな。

 そう思いながら、青のカラーコンタクトレンズをしている目の下の頬に、少し触れる。姉も時々やってた仕草だ。何かを考えてる時に、姉はよく目の下に手を当てた。

 それから、ガルムには分からない「複数の誰か」と話しているような、小さな呟きを溢している時があった。

 本人は「弟にはバレていない」つもりのようだから、ずっと無視してあげていたが、軍に保護された時に、姉の頭の中には「複合意識」と言う物が存在したのだと聞いた。

 あの不思議な呟きは、姉にしか分からない「もう一つの家族」との会話だったのかと思うと、その会話に参加できなかったのが、少し悔やまれた。

 もし、「ねーちゃん。誰と話してるの?」なんて、無邪気に聞ける心の余裕が、当時のガルムにあったら、姉が心の中で「隠さなきゃならない事だ」と思っている秘密を共有する事も出来たかもしれない。

 しかし、それによって、姉の心の負荷は軽くなっただろうか? そう考えると、聞かないふり、知らないふりをしていた、当時の自分は利口だったのかとも思える。

 三年間だけの姉との共同生活が、あまりに鮮やか過ぎて、基地でどんなに楽しいことがあっても、ガルムはどうしても当時と比べてしまう。

 だが、ルームメイトのノックスも、先輩のコナーズも、時々喋ったり遊んだりする他の基地の奴等も、どいつもこいつも訳アリの癖に、根っからの「ポジティブシンキング」なのだ。

 毎日を生き延びて、飲み食いするものが最高に美味くて、ふざけ合ったり、一緒に爆笑したり、苦笑いしたりする仲間が居て、それで次の日には死んでいたとしても、彼等は思うのだろう。

「楽しい人生だったな」と。

 十分に楽しんで、最後までやり遂げて、あっさりと手放せる。

 そんな楽勝(ピース・オブ・ケイク)の人生を抱えている、彼等が羨ましかった。

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