アンねーちゃんとチーズケーキ 2
生地がしっとりするまで冷ましたケーキを、一切れ切ってピューレをかけ、カットしたストロベリーを添える。それから、ランチマットを敷いたカウンター席に、やうやうしくケーキ皿を置いた。
待つ間、ビスケットを齧り続けて居た姉は、片手にまだ温かいシナモンミルクティーを持ったまま、「おお。カフェみたい」と、褒めた。「こう言う所がガルム君の良い所だよね」と。
「どう言う所が?」と、弟は聞く。
「注文すると徹底する所」と言って、姉は皿の傍らに置かれたケーキフォークで、皿に飾られていたストロベリーの切れ端をケーキに乗せた。
また変な食べ方するんだろうな、と弟が思っていると、姉は予想に違わずビスケット台を片手で掴んで大口を開け、バリバリむしゃむしゃとチーズケーキを貪る。
「うっま~」と、涙を浮かべながら言ってくれるのは良いのだが、バターで焼き固めたビスケット台から、粉が散る散る。
「外でもそう言う食べ方をするの?」と、ガルムは疑問形で意見を述べた。
「いや、外ではお嬢さんだから私」と、姉は言う。「ちゃんと皿にケーキを残して、ケーキフォークで食べますよ?」
「家でもそれを実行したら?」と、ガルムは重ねて疑問形で言う。
「おうちでは自由で居させて」
「自由は良いけど、ねーちゃんの服が、さっきからビスケットの粉まみれなんですよ」と、ガルムはようやく指摘した。「その粉を付けて家をうろうろしないで。蟻が集まって来るから」
「あ。ほんとだ」と言って、アンはビスケットの粉まみれになっている服の胸を叩く。
「叩き落とすなら、洗面台の前で」
「ガルムママは注文が多いなぁ」
「文句言わない。さっさと洗面台の前に行く」
そう言って、ガルムは洗面所を指差した。
そんな姉は、時々「よし。今日は外食に行こう」と言い出す。
仕事の都合により、言い出す日はランダムだが、毎月一回は外食に行きたがる。家での「自由な姉」を知っている弟としては、とても心配である。
ある日は、安くて美味しい大衆料理屋に行った。優美な装飾の施された清潔な店内で、熱々の蒸し餃子と熱々の炒飯を頬張り、ヌードルと溶いた卵の具が浮かぶ鶏ガラスープをいただく。
「餃子って、家でも作れそうだよね」と、姉はホウレン草の餃子を食いながら言い出す。
「そうだね」と、ガルムも海老の餃子を食べながら同意する。「蒸すのは難しそうだから、皮をよく接着させて、スープの中に入れて茹でれば良いのかも」
「あー。美味しそう。でも、皮は何で作るんだろう」と呟きながら、姉は実際にチョップスティックで餃子をつついてみて、一口齧り、「小麦粉であることは分かる」と言う。
「齧った感じがねっとりしてるから、薄力粉だけじゃないね。強力粉も使ってるかも。パンみたいに練るのかな? だけど、発酵はさせてない」
そう分析する姉を見て、そう言う事が分かるのに、なんでその知識を自炊に使えないんだろう……と、ガルムは不思議に思っていた。
姉の得意料理としては、グリルチーズサンドと言う、バターを表面に塗って間に溶けるチーズを挟んでフライパンで焼いた料理がある。時々休みの日に作ってくれるが、そこそこ美味い。
しかし、それ以外の料理を作っている所を見た事がない。
寝坊したガルムが、学校に行く前に、キッチンにパンとレタスとチーズとハムを置いておき、「何か作って食べてね」とメモを残したことがある。
グリルチーズサンドの知識があるんだから、普通のサンドウィッチくらい作れるだろうと思ったのだ。
が、家に帰って一晩経ち、仕事明けの姉と顔を合わせると、彼女は「味のないレタスはどうやって食べるの?」と言って来た。詳しく話を聞くと、どうやら、素材をバラバラに食べたらしい。
「あれは、全部パンにはさんで食べるの」と注意し、実際にハムとチーズとレタスのサンドウィッチを作ってみせると、「おお。美味しそう」と姉は言って、小さな拍手をしていた。
作り方は覚えただろうと思って、「じゃぁ、実践ね」と言って姉に作り方をバトンタッチすると、姉はまずパンにバターを塗り、具材を見回してよく考え、レタスをすごく小さく千切った。
そして、何故か何も挟んでいないパンの耳を切り落とし、角から角へ三角形に切った。
それから、包丁でスライスしたハムを半分に切って、チーズはチーズカッターで薄くスライスして、三枚くらいの小さいレタスの破片と一緒に、三角形のパンの間に「切れ目が揃うように」挟んだ。
ガルムは、何度も「違うよ」と言いそうになったが、やる気をくじいては成らないと思って、最後まで口は出さなかった。
結果、「ガルム君が作った時は、綺麗に切れ目が合ってたのに」と、姉は言い出し考え込んでいた。
三角形のパンの切れ目と、具の切れ目が合って無い事が、何故なのかが分からないようだ。
「切るタイミングが違ったかな」と、ガルム少年は柔らかい表現で注意し、「パンは最後に切るんだよ」と教えた。
しかし、姉は何か考え込み、「ガルム君」と、改まって言う。「料理は任せた」と。
それ以来、セリスティア家での料理の係は、もっぱらガルムの役目になり、姉が得意料理を弟に振舞うのは、仕事の時間が空いていて、気分が向いた日だけとなった。
また明くる日、ガルム少年は先日出かけたシャイナ料理店の「パラパラ炒飯」の再現をしようと、せっせとフライパンを操っていた。
最初は、焼き豚の代りにハムを使っていたが、あの炒飯の味を再現するなら、どうしても焼き豚の風味が欲しくなる。正確には、焼き豚ではなく叉焼と呼ぶらしい。
焼いた豚肉を、ソースで煮込んだ肉塊の事である……と言うのは分かった。
何のソースを使うのかを、味覚分析器である姉に頼ると、砂糖とリキュールとソイソースとガーリックが使われていることは判明した。しかし、それ等を目分量で用意して、焼いた肉塊を煮込んでみても、何か違う。
何度試してみても、豚肉の香りが違うのだ。調査のため、姉を「食堂でチャーシューを食べて来て」と言うミッションに送り込んだ。
実際にお店の炒飯と、チャーシュー入りハオメンを食べた姉は、しっかり分析結果を出してきた。
「ジンジャーだ」と、帰って来た姉は唇を舐めながら述べた。




