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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集5
210/433

お手紙来てるよ 3

 伝書鳩が、脚に手紙を結び付けて飛んで行く。薄暗い空には灰色の雲が泳いでいる。ぽつぽつと雲からの滴りが落ち始めた頃に、鳩は目当ての塔に辿り着いた。

 飼育係が手紙を受け取り、鳩は自分に割り当てられた巣箱に引っ込む。巣箱の中で餌にありつき、機嫌よく鳴き始める。

 手紙の宛名を見た飼育員は、紫外線と魔力にだけ反応する瞳を瞬かせて、そこに「本当にそれが書いてあるのか」を確かめるように、文字に手をかざした。


 銀髪のその魔神は、片方の肩に鳥の物によく似た翼があり、そちらの腕は欠落していた。翼の無いほうの肩には人間に似た腕と手を持っていたが、その表面は鳥の足ように赤い鱗に覆われ、指先は鋭く尖っている。

 彼は基本的に、伝書塔から出ることを禁じられていた。何時も塔の中で、伝書鳩達を相手に手紙を集める仕事をしている。

 その時の手紙は、彼に向かって語り掛けるように書かれていた。

「久しぶりだねファラー。僕の事を覚えてる? 一度、城の中で道に迷って、伝書塔に来ちゃった子供だよ。あの時、ファラーが帰り道をおしてくれたよね。僕、ちゃんと覚えてるんだ」

 その子供には確かに憶えがあった。五歳くらいの少年で、その瞳はファラーの目には滅多に見る事が無い、色彩を持っていたからだ。

 手紙を集めて、塔の一番下の「箱」の中に置きに行った時、少年は目から涙を流しながら辺りをきょろきょろ見回して、ファラーが居る事に気づくと、安心したように駆け寄ってきたのだ。

「不思議な目をしてる」

 ファラーは少年にそう声をかけた。

 少年は素朴な疑問に対しては全く無関心で、「お城の入り口、何処だか教えて」と、ファラーに訴えた。

 ファラーは少し考えて、服の胸から革紐の付いた鈴を取り出した。ファラーが城に行くときに、必ず首に付けるように言われている鈴だ。

「これを付けて、鈴の示すほうに歩け」

 そう言うと、少年は言われた通りに革紐を首に通し、何等かの現象が起こるのを待った。

 チリンチリンと言う涼やかな音色と一緒に、少年の足は歩き出し、まるで道を知っているように城の外壁を回り込んで行った。


 その後、アナンが鈴を返しに来た。そこから、先の少年が無事に城の中に戻れたのと、彼が選ばれた双子の片割れである事を知った。

 酸化していた鈴はピカピカに磨かれて、アルコールのにおいがした。


 それから、時々その少年は伝書塔に来た。次に来た時、少年は道には迷ってはないと言った。

「お礼がしたかったんだ。これ、あげるね」と言って、少年はバタークッキーの箱を差し出してきた。その箱の下に、手紙が添えられていた。

 手紙は丁寧に封筒に入っていたが、便箋を開いても、ファラーは何が書かれているのか見えなかった。

「なんて書いてある?」と、ファラーは聞き、少年は「目が見えないの?」と聞いてきた。

「目は見える。けど、色は見えない」と、ファラーは答え、限定的にしか光の作用を認識できない自分の目の構造について、少年に分かりやすく説明した。


 そんな事を思い出しながら、ファラーは白い便箋に魔力念写で書かれた、彼にしか見えない文字を目で追った。

 あの少年は、城を出て仕事をしながら暮らすと言う生き方を選んだらしい。治療師を目指そうとしているが、まだ術が未熟なので、ある町からある町へ、物を運ぶ仕事をしていると言う。

 その仕事先で「山奥へ飛んで行く伝書鳩」の事を知り、探知の術でその行先が自分が後にした「城」だと知った。

「『城』では、僕の事なんて言われてる? その事でサブターナはいじめられてない?」

 そう文章は続いていたが、ファラーにも知らされている少年の事情は、もっと勇ましいものだった。

「いずれアダムとなる少年は、己の弱き心を磨くために『孤高の旅』へと向かった。彼が帰って来るまでの五年の間、イブとなる娘を守り通すことが我ら魔神の務めである」と。

 公報と内部事情は違うようだと、ファラーは感じ取り、同時に手紙の一番隅に(しるし)を見つけた。文章を全部読み終わると同時に、封書が焼かれるように設定してある。

 ファラーはもっと内容をよく読んでみた。

 アダムとなる少年、エムツーの身の上に起こった出来事と、魔神達に疑問を持つようになった事件と、外の世界に行ってからの「おかしな事」について。

 城にしかいないようなキマイラもどき達が、時々エムツーの仕事の邪魔をしに来るのだと言う。主に、荷物を運んでいる道中での、足止めにだ。

 エムツーは、自分が「城」の魔神達に付け狙われているのではないかと疑っており、其処からサブターナの事が心配になって連絡をした、と書いてある。

「もし、ファラーが知ってる事があったら、何か教えて。この手紙が燃え尽きた時に」

 そう文章は締めくくられていた。その文章を読むと同時に、印が光り、手紙の中心に火が燈った。その炎はゆるゆると端の方へ広がって行く。

 火傷をする前に便箋から手を離すと、紙切れは床に落ちた。炎が全て侵食してしまう。それと同時に、別のプラズマ体が目の前に現れた。

 あの朱緋色の瞳をした、八歳くらいの少年。どうやら、飼育員が手紙を読み始めた時に術を発動して、手紙を読み終わるのを待っていたようだ。

「ファラー。僕の事、分かる?」と、少年の姿は声を発した。

「分かる」と、ファラーは返した。


 ファラーが答えた事はそんなに多くない。サブターナは城で守られており、一部の魔神達の苛立ちを買っているが、その立場は脅かされていない事。

 城の中では、エムツーは「自らの弱さを克服するために旅立った」とされており、決して怯えて逃げ出したなどと罵られてはいない事。

 各地でキマイラに襲われていると言うが、それについてはファラーは何も知らない事。

 もし、その生物達がエムツーの命を狙っている者が、城から送り出した追手なのだとしても、キマイラと言う分かりやすい相手は、用意しないのではないかと言う事。

「そっか。うん……。サブターナが無事なんだったら良いんだ。僕も、毎日忙しくて、ちょっと不安になってたのかも」

 そう言って、少年の影は頭を搔く仕草をする。その髪は随分伸びて来ていて、前髪は眉毛を隠していた。

「だけど、自分の弱さを克服するために旅に……かぁ。まぁ、弱さって言ったら、克服できたら良いけど……。ユニソーム達は何考えてるんだろう」

「お前は、もう、帰ってはこないのか?」と、ファラーは聞いた。

「何時か、サブターナを迎えに行く。それまでは戻れない。それから……」と、少し言いにくそうにしてから、エムツーは「たぶん、もう僕が『城』の中に入る事はない」と言った。

 それなら、どうやってサブターナを連れて行くんだ? と聞きたかったが、その質問をするにはまだ早いと何処かで思った。

「分かった。外の世界は、何があるか分からない。気を付けろよ」

 そう声をかけると、プラズマ体で姿を作っている少年は、口元を緩め、「ありがと。ほんとに良い奴だな、ファラーは」と言ってから、片手を振って「またね」と残し、魔力の名残ごと掻き消えた。

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