表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集5
208/433

お手紙来てるよ 1

 夏も間近の事だった。卵白を泡立てたようなふわふわの雲と、日に日に熱してくる太陽。空は青の中の何色と言えば、藍色に近いだろうか。

 ガルム・セリスティアの所に、封書が届いた。差出人は、姉の入院している病院だ。来月から、入院費が五パーセント上がると言う連絡だった。

 それから、姉の体の筋力が弱まっている影響で、自発呼吸が途切れがちになっている、と言う知らせも併せて届いた。

 この三週間、多忙から病院に行けていなかったが、次の見舞いで姉の体に回復の措置を取ろうと予定し、ガルムは封書を閉じた。


 ガルムのルームメイトである、ノックス・フレイムの所にも封書が来た。食堂で、飯を食いながら仲間達と談笑していた時だ。

 それを開けて読んだノックスは、嬉しそうに顔を笑ませ、話していた同僚達に「ちょっと用事できた」と言うと、飯の残りを口に押し込み、トレーを返却口に戻して居室へと向かった。

 トマトソースのにおいをさせながら、ノックスは居室に躍り込む。

「ガルム! 大ニュース! 俺のばあちゃん、表彰されたって!」

「お。おお……」と、ガルムは引き気味の返事をする。しかし、ちゃんと「何で?」と聞いた。

「二百十五歳記念。二百年間老化を止めたって言う事で、人間としては最高記録だってよ」と、ノックス。「ああ、因みに、ばあちゃんは、唯の魔女」

「唯の魔女じゃない魔女が居るの?」と、ガルム。

「説明が難しいんだが、異種族の血が混じってる事で、魔力を持ってたり長寿だったりする魔女も居るから、そう言うのとは違うって事。ばあちゃんの家系は、どれだけ遡っても、血縁には人間しかいない」

 そう言って、ノックスは片手に持っていた封書を開き、自慢げにガルムに念写写真を見せて、「これがばあちゃん」と紹介する。

 其処には、黒髪のノックスと違って、オレンジ色の巻き毛を持った眼鏡の女の子が写っている。ふわふわカールの髪の毛のせいか、頭が大きく見える。見た目の年齢は十五歳ほど。

「老化を止めたって言う事は、外見だけじゃなくて?」と、ガルムが尋ねると、「ああ。身体の機能も十五歳くらいのままなんだ。あー。おかげで、胸も真っ平らだけど」と、ノックスは言う。

「自分のおばあちゃんの胸を見ないの」と、ガルムは苦い顔をして注意する。それから片手を差し出し、「それはそうと、おめでとさん」と挨拶をする。

 ノックスはその手をガシッと握り返して手を離し、「ばぁちゃんは、人間として隠居してから、ちっこい村に住んでてさ……」と、語り始める。

 ガルムは、ふむふむと頷きながら、その話に付き合った。


 姉の見舞いの日。

 何故か、ノックスとコナーズが「お前のねーちゃんに一回会わせろ」と言って付いてきた。

 最初は、「眠ってるから、会ってもつまんないだろ?」と、やんわり目に拒否したのだが、どんな容姿をしているかを観たいのだと言う。

 行先は病院なので、静かに観察するだけならと言う条件で、二人の物見遊山を許可した。


 寒色系の色でまとめられている病院の廊下を歩き、姉の名前が記された病室に入る。

 無言で姉のベッドに近づき、ガルムは片手に治癒の力を込めて、姉の額に手をかざした。魔力や意識の回復はないが、数週間の間で消耗した身体に、見る間に肉が付く。

 白い前髪に縁どられている顔に赤みが戻り、それまでの途切れそうだった息遣いから、数回大きく息を吸い、やがて呼吸が安定する。

「ふーん。ガルムとそっくりって言うから、どれだけ男っぽいのかと思ってたけど」と、ノックスが囁き声で言い出す。「イイ女じゃん」

「ガルムは肩幅の分、女に見えないだけだよ。顔だけ観るとそっくりだ」と、コナーズも囁き声で返す。

「って事は、髪が伸びれば……」と言って、ノックスはガルムを観察する。

「余計な想像はするな。伸ばさないから」と、ガルムは小声で文句を返した。


 帰り道で、コナーズが「奢るよ?」と言うので、三人は喫茶店に入った。

「なんだ。ガルムのスイーツ作りは、あの『ねーちゃん』のためか」と、コナーズは理由を聞いて残念そうに返す。「折角、面白いパフェがある所に連れて来たのに」

 また甘いもの攻めにされかけていたのか……と気づいて、ガルムはげんなりした顔をすると、紅茶に浮いたレモンをスプーンで潰す。

「ガルム。それ、酸っぱく成んない?」と、ノックスが聞いてくる。

「砂糖入れるから大丈夫」とガルムは言ってから、コナーズの目がきらめくのを見て、「パフェが食えるほど甘いものは好きじゃないけど」と付け加えた。

 コナーズは「なんだよー……」と苦々しく口を尖らせて、「じゃぁ、俺だけ食おうかな」と言い出し、ウエイトレスに向けて片手をあげる。

 そして、メモを片手に歩み寄って来たウエイトレスに頼む。

「モカティラミスストロングチョコレートムースタワーストロベリーディップフルーツパルフェをひとつ」と。

 なんだ今の呪文? と、ガルムとノックスは変な顔をしてコナーズを見る。

 ウエイトレスが去ってから、ガルムは「も……もかてぃらみすすとろんぐちょ……」まで復唱してみて、後を忘れた。なので後半は省略して「……て、何?」と聞いた。

「パフェの名前だよ。此処の名物なんだ。公共放送でも取り上げられてる。コーンフレークで誤魔化して無いパフェって所かな。名前の内容を頭の方から順番にグラスに入れて行った感じ」

 さくさくと説明するコナーズに、「覚えられれば想像してる」と、ノックスが返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ